第9回 横浜市高密度強震計ネットワーク(Vol.11, No.1, 17-19, 1999/3)Publications

石原 靖(横浜市立大学理学部)

強震観測には大きく2つの目的があるように思われます。1つは強震動を忠実に計測することにより強震動の発生要因の解明や地域の地震動特性-の評価にデータを供給することです。もう1つは地震発生直後に地震動の状況を把握して災害対応機関などへ伝達する防災情報システムとしての役割でしょう。横浜市では兵庫県南部地震での被災以降、地震災害への対応策が検討されてきました。その中で地震発生直後に被害の状況を早期に把握して行政による迅速な意思決定の重要性が指摘されました。そのために必要な最も基本的な情報とされた地域が受けた地震動の状況を観測・収集するシステムとして構築されたのが高密度強震計ネットワークです。

図1 観測点の配置図
図1 観測点の配置図。
図は昨年8月29日の地震(震源は東京湾北部)の震度を示している。
背景は標高を表す。

このネットワークは大学と行政とが「懇話会」と呼ばれる共通の場で議論され実現化されたものです。その会自身の形態もユニークなのですが、このシステムが被害を起こしうる大地震だけに的を絞るものではく、日常から有感地震をデータを収集して地震分野の研究や市民への啓蒙活動への活用が立案時から意図されています。いわば防災行政の要望と研究者の要望とが1つのシステムの中に共存する意味からもユニークなシステムと言えるでしょう。

このネットワークはその名にあるとおりおよそ面積400平方kmの市域内に150の観測点と言った密度の高い観測網です(図1)。これは局所的な被害を受けるような地震動でもその被害の発生を見逃さずに把握することを狙っています。仮に兵庫県南部地震の震災の帯と同じ形状の被害領域が発生した場合にもこのネットワークではその帯状の領域を十分に認識できる程度の観測点密度を有しています。観測点は市内に均一に分布する消防関連施設を中心に設置され、更に微地形や臨海部などの地域特性を踏まえて配置されています。センサーは原則には地上のコンクリート台座上の設置ですが臨海部の観測点9点には工学的基盤内の地中にも併設されています。

センサーは加速度型で計測可能な振幅はおよそ0.01から1960galの範囲です。計測はトリガー方式で各々の観測点が1Hz付近の振幅値で判断しています。地震波の周波数特性に依存しますがおおむね震度1程度の地震動でトリガーが起動します。

データは一般のISDN回線を利用して市役所・消防本部・市立大学の3ヶ所のセンターに送信されます。うち18ヶ所については非常時のバックアップとして衛星回線が用意されています。それぞれのセンター間は専用回線で結ばれており、お互いにデータの補完を自動的におこないます。


地震が発生すると約2分で震度や加速度・応答スペクトルなどの地震動のサマリー情報が集められます。ほぼ同時刻の10観測点以上の情報が集められるとセンターは地震イベントと判断します。この情報は各区役所などへ配信されるとともに被害推定システムの入力データとしても活用されます。一部の観測点の計測震度値などは気象庁にも送られています。波形データについてはトリガー後20分以降に徐々に転送されます。これまでの実績では波形データの回収には地震発生後約3時間を要しています。設計当初はセンター側での波形自体のリアルタイム的な処理を想定していなかったためですが、今後の展開によってはデータの転送方式を変更する可能性もあるでしょう。

これまでに20個ほどのイベントが観測されましたが、計測震度でおよそ2、最大加速度値で数十倍の地域差が日常的に観測されます。また様々な地盤条件の下での多様な波形データは容易に基盤以浅の入力波に対する応答評価の重要性を感じさせます。一般には震度は比較的大きく見た地域の代表値として捉えられるようですが、このネットワークが展開しているような狭い領域でも地震動の様相が大きく変化することが実際の観測値として身近に確認できることは大切なことのように思われます。

図2 システムの構成図
図2 システムの構成図

図3 昨年5月3日(震源は伊豆半島東方沖)のSH成分を地図上に落としたスナップショット
図3 昨年5月3日(震源は伊豆半島東方沖)のSH成分を地図上に落としたスナップショット

この観測点密度は地震波形記録を別の見方を導いてくれます。図3は昨年5月3日の伊豆東方沖での地震の波形記録を地図上に落としてスナップショットを撮ったものです。適当に高周波成分を落とせば1波長の中に数点の観測点が含まれます。不均一に伝播する地震波動を空間で離散的な量ではなく連続に近い形で観測量が得られることなります。図には南西から北西方向に伝播するラブ波が観測されています。市の中部を帯状に振幅の大きい波群が伝わっている様子がわかります。高密度という特徴を生かすと以前とは異なる視線で現象を捉えられるわけです。現在このようなデータから地殻構造の解析が進められています。

これまで市立大学を中心にネットワークの計測品質の向上に力が注がれてきました。ようやく今春、関係者の協力を得て満足のできる形に整えられました。今後のデータの蓄積によって強震動の理解、地下構造の解析、地盤特性の評価などの地震学・地震工学や関連分野の研究用データとして寄与できることを期待しています。

このネットワークの震度分布は最新の有感地震を含めて横浜市のホームページ
http://www.city.yokohama.jp
でご覧になれます。また横浜市立大学
http://www.seis.yokohama-cu.ac.jp
でも震度速報をはじめとして学術データベースを構築を進める予定です。

問い合わせ先

〒236-0027 横浜市金沢区瀬戸22-2
横浜市立大学理学部 齋藤 正徳・石原 靖
E-Mail:masanori@seis.yokohama-cu.ac.jp
    ishihara@yokohama-cu.ac.jp

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