「堆積盆地のやや長周期地震動」を理解するために、まず関東平野の地質と観測波形を例に説明する。図1の関東平野の地質図に示されるように、関東平野は周辺の山地や半島先端部が先第三紀の岩盤(剪断波速度約2.5 km/sec以上)や火山岩から成り、平野内部が新第三紀の軟岩(同0.5-0.7km/sec以上)と第四紀堆積層で構成される我が国最大の堆積盆地である。図2は1997年3月伊豆半島東方沖地震(M=5.6)によるK-NETの新宿での変位波形である(図1に震源位置を示す)。波形後半には、周期の長い波動が卓越し、主要動の継続時間も著しく延びていることが分かる。このような長周期で継続時間の長い波動は、関東平野のような堆積盆地内部で発達することが知られており、「堆積盆地のやや長周期地震動」と呼ばれている。「やや長周期」と呼ばれるのは、古典的な強震動研究で扱われた周期範囲が短い周期(周期1-2秒以下)で、一方、通常の地球物理学で扱う範囲は長周期(周期10数秒以上)であり、対象となる周期帯域がその中間にあるためである。但し海外では最近「長周期強震動(Long-Period Strong Ground Motion)」と呼ばれることが多い。
堆積盆地のやや長周期地震動は1970年代に強震観測アレーが各地に設置されるに伴い、大阪平野、京都盆地、十勝平野、ロサンゼルス盆地など世界中の平野・盆地で確認されている。さらに1985年メキシコ地震の際、震源から400kmも離れたメキシコ盆地に位置するメキシコ市で周期約2~4秒の波動が卓越し、高層建築に大被害が生じたことにより、この現象は世界的に注目されるようになった。特に我が国の都市部は例外無く堆積盆地上に位置するため、地震の際、やや長周期波動が励起される可能性がある。様々な観測や解析から、やや長周期波動の主要成分は、盆地境界部から二次的に発生し、堆積層内で発達した表面波であることが確認されており、このため「堆積層表面波」とよばれる場合がある。一方、入射する実体波が盆地端部で表面波に変換する現象に着目した場合は「盆地生成表面波」、入射する表面波が変換された場合は「盆地転換表面波」と呼び、区別する場合もある。
次に、これまで明らかにされている堆積層表面波の様々な特徴を、震源位置の影響、卓越周期などの周期特性、三次元地形効果、盆地端部効果、などの点から概観する。まず震源位置の影響を見てみよう。図3は1996年12月茨城県南部地震(M=5.5)によるK-NETの新宿での変位波形である。図1で示されるように茨城の地震は関東平野の直下に位置するやや深い震源であり、一方、図2の伊豆の地震は平野外部に位置する浅い震源である。震源の規模や新宿への震源距離もほぼ同じなのにも拘わらず、図3では直達波の振幅が大きく、後続の堆積層表面波はさほど励起されていないのに対し、図2では直達波は小さいが、表面波が卓越する。すなわち震源が浅くかつ盆地の外に位置する場合、堆積層表面波は非常に良く発達するのである。なお、観測されてはいないが平野直下でも震源が極浅い場合、特に堆積層と接する基盤で断層運動が起き、断層面が堆積層を横切った場合、非常に大きな堆積層表面波が励起される可能性があることに注意を要する。
次にその堆積層表面波の周期特性を調べてみよう。図3に比べ、図2の地震波形を見ると、表面波の短周期成分は小さく、周期約7-8秒に著しい卓越が見られる。堆積層表面波がやや長周期で卓越する理由は、一般に表面波の基本モードが最も励起されやすいことと、堆積層の持つ高減衰のため短周期波動が伝播できないことが理由に挙げられている。また関東平野の中心部で周期約8秒が卓越するのは、基盤と堆積層の剪断波速度に大きなコントラストがあり、Love波基本モードがその周期で卓越することが分かっている。一方、当然ながら基盤と堆積層に明瞭なコントラストがない場合は卓越周期は出にくい。
堆積盆地、特に盆地境界部の複雑な速度構造を反映し、やや長周期波動の発生や伝播にも複雑な地形・地質の3次元効果が確認されている。例えば、関東平野西部の山地には非常に堅い古生層が露頭し、堆積層と明瞭なコントラストを成しているため、伊豆近辺での浅い震源の場合、ここからしばしば大振幅の堆積層表面波が発生し、そのため東京での表面波の伝播方向は震源より西に偏る場合がある。
兵庫県南部地震の際の「震災の帯」に見られたように、表面波が生成される盆地境界に近い地域で異常振幅が観測される場合がある。「震災の帯」の成因の一つとして最近「盆地端部効果」と呼ばれている現象が考えられている。すなわち神戸市の位置する大阪盆地の北西端では、基盤と堆積層の境界面が切り立ち、かつ速度比も大きい。このため地震の際、基盤下から入射した波動と、基盤横から入射し横方向に伝播した波動が、境界より盆地内に少し入ったところで増幅的な干渉を起こし、地震動の振幅が大きくなったと解釈されている。なお盆地端部近くでの異常振幅は、しばしば「なぎさ現象」と呼ばれる場合がある。これは海岸に波が近づくにつれて波高が高くなる現象から類推したものと考えられるが、剪断応力の伝わらない液体と異なり、堆積層を伝わる波動は堅い岩盤が浅くなってくると、岩盤の拘束効果によって振幅は一般に小さくなる。「なぎさ現象」は観測された例もなく、まだ確認された現象とは言えない。その他、関連する項目として規模の小さな沖積平野や沖積谷での地震動特性がある。当然、規模に応じて卓越周期などは短くなるが、表面波の発生など堆積盆地と類似な現象が生じる。
以上のように,堆積盆地におけるやや長周期地震動の基本的な特性は観測面からその解明が進み、 理論面の裏付けも進んでいる。更にその定量的な評価も、コンピューター技術の発達にともない現実的な3次元地盤モデルを考慮した大規模な数値シミュレーションも技術的に可能になりつつある。しかしながら、定量的な強震動予測のために障害になっているのは、堆積盆地の詳細な構造が分かるのはごくわずかな地域に限定されていることと、結果をチェックするための強震動記録も不足していることである。今後は堆積盆地における全国的な規模での構造探査とアレー観測記録がセットで行われ、データベースの蓄積と流通が強く望まれる。なおこの方面に対するまとまった文献として、座間(地震、第46巻、第3号、1993)などがあるため、興味ある方は参照されたい。
最後に、本講座では科学技術庁・防災技術研究所の強震ネット(K-NET)の記録を使用させていただきました。また原稿に対し、川瀬博、岩田知孝、纐纈一起、山中浩明、各氏より貴重なご意見を頂きました。記して感謝致します。