第1回:強震動予測手法の概要Publications

(財)大阪土質試験所 香川 敬生

地震の発生を事前に予測することにより地震被害を軽減する方法が地震予知ならば、強震動予測は地震断層によって生じる地震動を適切に評価してそれに備えることで地 震被害を軽減しようとする方法である。どちらも地震学が社会に貢献するための窓口ではあるが、地震予知が実用段階には至ってはいない中で、強震動予測は耐震設計や地震防災のシナリオ作りなどに用いられている。ここでは、地震動の強さを評価する強震動予測手法の現況について、強震動委員会の調査班でまとめつつある内容を踏まえて解説する。

耐震設計や地震防災の現場で要求される地震動の強さとしては、地震外力に関連付ける最大加速度値、地震被害の指標としての震度階が広く用いられている。対象構造物の固有周期の影響を見るために周波数特性を考慮する場合もある(応答スペクトルが一般的)。この様な地震動の強さを予測する方法としては、地震規模(気象庁マグニチュードが一般的)と距離を変数として地表面地震動の振幅を表現する、いわゆる地震動の距離減衰式(あるいはスペクトル距離減衰式)が用いられることが多い。この様な距離減衰式は、観測された地震動の振幅に距離補正を施して経験的にマグニチュードを決定していることと表裏一体である。また、過去の経験に基づいているため、データに拘束されている範囲でばらつきを意識して用いれば、少ないパラメターから安定で信頼性のある地震動強さを与えてくれる。

強震動予測手法の概要

一方、平成7年兵庫県南部地震では、広がりのある断層面で非一様の破壊が進行し、発生した地震波が特定の地下構造の影響を受けたことにより、特定地域で大きな地震動を生じた(図-2)。震度7の帯に代表される地震動強さの分布が単に震源からの距離だけでは説明できないものであったことは記憶に新しい。兵庫県南部地震の教訓は、特定の断層破壊によって生じた地震波動がその地域の地殻を伝播し、対象とする地点の表層地盤によって影響されて震害をもたらすことを、強震動予測に取り入れてゆくことの重要性であろう。

このような中、観測された中小地震記録(地点固有の地震条件を含んでいる)を震源断層の破壊進行による時間遅れを考慮して足し合わせることで大地震波形を合理的に予測する方法が用いられる様になってきている。また、3次元地下構造と震源断層をモデル化した3次元シミュレーションも近年の計算機の進歩に伴って可能となっている。表層地盤による影響に関しても、複雑な形状の堆積層の影響や液状化に至る非線形応答が表現できる様になりつつある。この様な方法を用いれば、兵庫県南部地震の地震動強さ分布だけではなく、強震観測波形をもかなりの精度でシミュレーションすることができている。しかしながら、詳細な手法ほど多くのパラメターを必要とし、設定によっては特異な値を導く場合もある。また、将来発生する地震の、特に震源パラメターを事前に正確に設定することは現状では困難である。しかしながら、経験式の拘束が弱い震源断層近傍の強震動を予測するためには、非常に有効な方法として期待されており、パラメターのモデル化とそれによる予測地震動のばらつき評価が今後の課題となっている。

現在の強震動予測の分野では、パラメータが少なく適用範囲内ならどこでも使える経験則と、地点に固有な震源、伝播、表層地盤の影響をモデル化した詳細な予測法が相補的に用いられて、耐震設計や地震防災に資している。また、予測地震動のばらつきを軽減するための研究が並行しておこなわれている。このシリーズでは、この様な強震動地震学の研究の一端がトピックスとして紹介されてゆくことになる。

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