公益社団法人日本地震学会理事会
日本地震学会賞、論文賞、若手学術奨励賞および技術開発賞の受賞者選考結果について報告します。
2024年1月31日に応募を締切ったところ、日本地震学会賞3名、論文賞11篇、若手学術奨励賞9名、技術開発賞5件の推薦がありました。理事会において各賞の選考委員会を組織し、厳正なる審査の結果、2024年3月13日の2023年度第6回日本地震学会理事会において、下記のとおり日本地震学会賞1名、論文賞3篇、若手学術奨励賞3名、技術開発賞3件を決定しました。
各賞の授賞式は2024年度秋季大会の場において行う予定です。
佐竹 健治
地球物理学・歴史地震学・地質学的手法に基づく巨大地震・津波の発生履歴の解明
受賞者は、地球物理学に基づく卓越した地震・津波研究手法を開発し、それを歴史地震・古地震も対象とする多様な手法に発展させて世界中の巨大地震・巨大津波研究を牽引し、地震学の発展に多大な貢献をしてきた。
地球物理学的手法を用いた研究では、観測された津波波形と数値シミュレーションによる計算波形の比較から津波波源での断層すべり量分布を推定するインバージョン手法を開発し、津波を伴った巨大地震の解析を行った。この手法はその後、津波データと陸域の測地学的データとを組み合わせた解析、波源での断層すべりの時空間分布の推定、海底水平変位を考慮した波形計算などへの発展を遂げた。これらの手法を用いることで、2011年東北地方太平洋沖地震などの日本周辺の地震のみならず、アラスカ・アリューシャン海溝沿い、中米、南米、インドネシアなど、世界中の沈み込み帯で発生した巨大地震の規模や断層変位分布を明らかにした。その過程で、津波地震は海溝軸付近のプレート境界浅部でのすべりが大きいという重要な発見をした。また、津波インバージョン手法は現在の津波研究では一般的に用いられるようになったほか、NOAAのSIFT systemや気象庁のtFISHなどのリアルタイム津波予測手法の基礎ともなるなど、関連分野への波及効果も大きい。
歴史地震学においては、日本の古文書の記録と津波の数値シミュレーションに基づいて、北米のカスケード沈み込み帯における最新の巨大地震が1700年1月に発生し、規模はM9クラスであったことを明らかにした。これは北米における地震防災に大きな影響を与えたという点で、国際的にも大きな貢献である。
古地震学的方法は、地質学的手法で得られた津波堆積物の分布を説明できるような津波遡上高を、数値シミュレーションから明らかにするものである。津波堆積物の調査と津波シミュレーションにより、千島海溝では17世紀に発生した巨大地震、日本海溝では9世紀に発生した貞観地震の規模と波源位置を、東北地方太平洋沖地震発生前に明らかにした。
受賞者は、2012年から2014年まではアジア大洋州地球科学会(AOGS)会長、2019年から2023年には国際地震学・地球内部物理学連盟(IASPEI)会長を務めるなど、国際的な貢献も大きい。また、日本地震学会が主催・共催する近年の学術集会においても、最新の研究成果を精力的に発表している。
以上のことから、2023年度日本地震学会賞を授賞する。
著者名:柳田 浩嗣,仲谷 幸浩,八木原 寛,平野 舟一郎,小林 励司,山下 裕亮,松島 健,清水 洋,内田 和也,馬越 孝道,八木 光晴,森井 康宏,中東 和夫,篠原 雅尚
掲載誌名等:地震第2輯(2022), 75,29−41
DOI:10.4294/zisin.2021−12
この論文が対象としている沖縄トラフは、日本列島において珍しい地殻伸張の場であり、背弧海盆拡大のリフティング段階にあたる。背弧海盆の初期の形成メカニズムは不明な点が多く、様々なモデルが提案されている。大陸縁辺でどのようなプロセスを経て背弧海盆が形成されるのかを知るうえで、現在リフティング段階にある沖縄トラフの地震活動を把握することは非常に重要である。しかし沖縄トラフ北部では普段の地震活動が低いうえに、陸上観測点からの距離が遠く観測点配置に偏りがあるため、地震活動の詳細な把握が困難である。それを補うためには沖縄トラフ内での地震観測が必要である。
本論文では、2015年11月に沖縄トラフ北部で発生したM7.1 の地震に対し、その余震活動を把握することを目的に約1年間にわたる臨時海底地震観測を実施した。陸上観測点のデータに本研究による海底地震計のデータを併せて用いることで、約400イベントの震源再決定を行い、110イベントの発震機構解を決定した。震源再決定の結果、余震活動が明瞭な3つの地震列を形成していることを明らかにした。このうち南北に伸びた2つの地震列は正断層型の発震機構解を示し、背弧拡大活動が現在進行中であることを裏付けている。残りの地震列は東西方向の線状配列を示し、その発震機構解は配列の方向を走向として左横ずれ断層型と解釈された。著者らは先行研究に基づいてテクトニクスを十分に考察し、沖縄トラフが伸張場であることに加えてその南北で拡大速度が異なることに注目して、これらの地震活動の特徴を説明する構造運動モデルを提示した。
本論文の注目すべき点は、臨時海底地震観測の際、沖縄トラフの特性を考慮して効果的に地震計を配置して観測を行い、詳細な地震活動データを得ることに成功したことである。その結果、陸上観測点のみではわからなかった震源の線状分布のイメージングに成功し、その力学的状態(発震機構解)まで推定することが可能になった。提示された構造運動、特に拡大軸の位置は、今後測地学や地質学と連携することで明らかにされてゆくだろう。沖縄トラフのような地域で臨時の海底地震観測を実施することは大きな労力を要する。しかしこのような地道な観測を行うことで、新たな構造運動モデルを提案し、沖縄トラフ形成メカニズムの研究を大きく進展させたことは高く評価できる。
以上の理由により、本論文を2023年度日本地震学会論文賞受賞論文とする。
著者名:Shun Fukushima, Masanao Shinohara, Kiwamu Nishida, Akiko Takeo, Tomoaki Yamada and Kiyoshi Yomogida
掲載誌名等:Earth, Planets and Space(2022), 74:92
DOI:10.1186/s40623-022-061652-z
Distributed Acoustic Sensing(DAS、分布型音響計測)は、光ファイバーケーブルの一端からレーザーパルスを送信し、ケーブル内のごくわずかな不均質によって後方散乱された信号を利用することにより、ケーブルに沿った方向の軸歪を計測する技術である。長さ100㎞程度にわたって数m間隔の高い空間分解能で歪を計測でき、既設の情報通信用のケーブルも活用できるため、DASは地震学の分野でも近年普及が進んでいる。
本論文では、三陸沖の海底に敷設されている長さ 120㎞の光ファイバーケーブルを用いて取得されたDASの連続データに地震波干渉法を適用し、海底下の深さ10㎞程度までの精緻なS波速度構造を推定した。まず地震波干渉法解析では、相互相関関数を計算する際にf-kフィルタを構築してDAS特有のノイズを除去したことにより、S/N比が格段に向上した。これにより、13時間程度の連続データからでも、0.1-0.5Hzの範囲の複数の周波数帯域で計算した相互相関関数にはレイリー波(ショルテ波)と考えられる分散性波動が確認された。次に、計算された相互相関関数と理論波形とのフィッティングによりレイリー波の位相速度を計測し、これを利用して深さ10㎞程度までのS波速度構造を推定した。その結果、大きく4層に分かれる構造が推定された。既往の人工地震探査によるP波速度構造の結果も利用して、最浅部の第1層とその下の第2層は新第三紀の堆積層、さらにその下の第3層は白亜紀の堆積層、最下層の第4層は地殻最上部と解釈した。第3層の堆積層と第4層の地殻との境界の深さは、1.8kmから6.8kmと水平方向に大きく変化し、測線中央で最も深くなることが明らかになった。既往研究では海底下の堆積層までの構造しかわかっていなかったが、本研究により堆積層から地殻上部にいたる深さまでの構造推定が可能となった。また、本研究によりS波速度構造の推定が可能になったため、P波速度とS波速度との比(Vp/Vs比)が分かり、物性等に関する議論が行えるようになった意義も大きい。本論文は、海底のDASデータに対して地震波干渉法解析を行った最初期のもののひとつであり、DASデータを用いた地震波干渉法解析の今後の発展の基礎となる論文である。
以上の理由から、本論文を2023年度日本地震学会論文賞受賞論文とする。
著者名:Tomoaki Nishikawa, Satoshi Ide and Takuya Nishimura
掲載誌名等:Progress in Earth and Planetary Science(2023), 10:1
DOI:10.1186/s40645-022-00528-w
本論文は、日本海溝沿いのスロー地震活動に関するレビューである。著者らは、350編を超える引用文献を基に、日本海溝沿いのスロー地震に関する観測、実験、シミュレーション研究と、その歴史をまとめ上げた。また、日本海溝沿いのスロー地震(テクトニック微動、超低周波地震(VLFEs)、スロースリップイベント(SSE)等)と、スロー地震に関連する地震現象(小繰り返し地震、群発地震、プレート境界大地震の前震等)の膨大な観測結果を総合し、日本海溝沿いの統合的なスロー地震分布図を作成した。その結果、スロー地震の空間分布は、過去のプレート境界巨大地震の滑り分布と相補的であり、スロー地震発生域が巨大地震の破壊停止プロセスに関与することが強く示唆された。
本論文は過去の文献のレビューにとどまらない。著者らは、日本海溝海底地震津波観測網のデータを新たに解析し、自らの先行研究によるテクトニック微動とSSEカタログの期間を延長し、これらの時空間的な分布の特徴をより明確化したほか、他地域とは異なる日本海溝沿いの微動の特徴として、2021年7-8月の日本海溝南部における、短期SSE、微動バースト、プレート境界群発地震の同時発生現象を報告した。さらに、スロー地震分布と地殻構造に関する先行研究を網羅的に比較し、日本海溝の北部?中部で、スロー地震の震央分布とプレート境界面の地震波反射強度との関係を新たに見出した。テクトニック微動およびVLFEsは反射強度が強い地域に、小繰り返し地震は反射強度が弱い地域に分布し、プレート境界滑り挙動とプレート境界に存在する水の分布の関係を示すものと解釈した。さらに、温度圧力条件、脱水プロセス等のスロー地震発生環境に関する議論にも踏み込んだ。
本論文は、今後の日本海溝沈み込み帯におけるスロー地震研究に対して、強固な知識的基盤と新たな観測事実を提供するものであり、その地震学的重要性は極めて高い。さらに、本論文は、初学者に向けたスロー地震全般に関するレビューも行なっており、当該研究分野の新規参入と活性化にも貢献している。また、本論文が指摘するスロー地震と巨大地震破壊停止プロセスの関係性は、地震発生物理の今後の重要な研究テーマとなると期待される。
以上の理由から、本論文を2023年度地震学会論文賞受賞論文とする。
多彩な機械学習アプローチによる地震・強震動・地殻変動解析
受賞者は、自然科学への応用研究が急速に進展している機械学習を、応力場解析・地震動予測・地殻変動モデリングなどの地震学諸分野に先駆的に取り入れ、新たな解析手法を開拓してきた。特に、データ駆動型アプローチ(機械学習)とモデル駆動型アプローチ(物理モデル)を相補的に融合した高効率・高精度なデータ解析手法の研究に焦点をあて、強震動物理学への最適輸送理論の応用、地震テクトニクス研究へのベイズ推論の応用、地殻変動解析への物理深層学習の応用など、様々な課題で顕著な成果を挙げている。
受賞者の研究は、個々の地震学的な知見に加え、幅広く応用可能な一般的方法論を構築する点に特徴がある。地震動予測の課題においては、地震波形の類似度評価に最適輸送理論を導入することで、観測・計算波形に整合的な予測を実現した。CMTデータを用いた応力場の時間変化逆解析においては、従来のベイズ逆解析では計算量的に困難であった高次元解析を実現するため、ガウス過程を逆問題に利用するための理論的定式化を実施した。これは、一般の地球物理学データに対して高次元モデルの逆解析の実現につながる成果である。
また、Physics Machine Learning(物理法則を組み込んだ深層学習)の代表的手法であるPhysics-Informed Neural Network(PINN)を、世界に先駆けて地殻変動解析に導入し、震源断層を対象とすることに伴う技術的困難を解決して高精度解析を実現した。その結果から断層形状に対する変位場の不変性を見出し、理論展開を行い、より高効率な解析に成功している。同手法は複雑な地殻構造・断層運動を解析でき、種々の観測データを容易に同化できることから、地震時変動からサイクル計算に至るまで、モデリング手法を革新する可能性を持つ。直近では深層作用素学習を用いた測地データ逆解析にも取り組んでおり、地震学におけるPhysics Machine Learningを牽引するとともに、応用数学・計算力学・情報科学の他分野において複数の招待講演を行うなど、他分野からも強い関心を持たれている。
以上の理由により、 受賞者の優れた業績と高い研究能力を認め、 その将来の活躍も期待し、 日本地震学会若手学術奨励賞を授賞する。
沈み込み帯における地震とスロー地震の活動に関する統計地震学的研究
様々な地震活動の発生メカニズムを理解し、その地震活動の推移を予測することは地震学における最も重要なテーマの一つである。受賞者は、主に沈み込み帯で発生する地震について、地震・測地データの高度な分析によって、以下のように国際的に注目される顕著な成果をあげてきた。
受賞者の初期の顕著な業績として、世界各地の沈み込み帯における地震の規模別頻度分布(グーテンベルグ・リヒター則のb値)が、主に沈み込むプレートの年齢に依存することを初めて明らかにした研究が挙げられる。この依存性の原因は、沈み込むプレートの浮力の違いと解釈され、各沈み込み帯でのテクトニクス環境と地震活動の隠れたつながりを明らかにする画期的な成果である。
さらに、受賞者は、日本海溝周辺のスロー地震活動の解明にも大きく貢献している。陸海域地震・測地観測網のデータ解析と統計地震学的解析により、スロー地震と関連地震現象の時間・空間分布を明らかにした。スロー地震は超巨大地震の大すべり領域を挟みこむように発生しており、同地震の破壊がスロー地震域で停止したことを示している。この発見は、超巨大地震の破壊の停止に関する極めて重要な観測事実であり、同成果はScience誌に掲載され、世界的に注目された。これらの研究遂行過程で得た知見をもとに、受賞者は日本海溝沿いのスロー地震活動に関して広範なレビューも行っている。これはスロー地震一般のレビュー文献としても、質量ともに現在世界最高レベルのものである。
さらに、受賞者は測地帯域の事象も含めた地震活動の総合的理解に取り組んでいる。統計地震学の世界標準モデルであるETASモデルにスロー地震の効果を組み込む試みを世界に先駆け行い、地震活動の予測精度の向上に貢献している。実際にこの試みは、ニュージーランド・ヒクランギ沈み込み帯の地震・スロー地震活動のモデル化に有効であり、今後の更なる発展が期待される。
このように受賞者は、強固な数学物理学的基礎と卓越した着眼点により、これまでインパクトの強い研究成果を次々に公表している。また、国内に限らず広く海外の事象にも目を向けており、地震現象の理解にとどまらず、将来の地震活動予測へつなげる意欲も高く、地震学の次世代リーダーとして期待される人材である。
以上の理由により、受賞者の優れた業績と高い研究能力を認め、その将来の活躍も期待し、日本地震学会若手学術奨励賞を授賞する。
海域観測網を活用した津波予測手法の開発と実践
巨大地震や海底地すべり等、さまざまな要因によって引き起こされる津波を高精度かつ迅速に推定することは、防災・減災の観点から重要である。受賞者は、DONETおよびS-netをはじめとする沖合海底観測網データを活用した津波早期警報に関する研究、特に観測データと津波シミュレーションのデータ同化アルゴリズムの開発により、迅速かつ精緻な津波予測を実現するなど、顕著な業績をあげてきた。
現状、気象庁を含む国際的に運用されている津波警報は、地震の揺れの観測から緊急に推定された波源情報に基づくものであり、波源情報が津波予測の精度に大きな影響を及ぼす。また、揺れを伴わない、海底噴火などによる津波には対応できないという課題がある。
受賞者は、観測データと津波シミュレーションのデータ同化アルゴリズムの開発と高度化によってこうした課題を解決してきた。例えば最適内挿法を用いたデータ同化において、観測点と予測点間の津波波形を予め計算してグリーン関数として用いるGreen's Function-Based Tsunami Data Assimilation(GFTDA)の開発は、データ同化を高速化し、リアルタイムに活用する観点で重要な成果であるだけでなく、長周期地震動のリアルタイム予測にも活用されるなど、その波及効果は大きい。
また、2022年1月に発生したフンガ・トンガの大規模噴火に伴う大気波動で励起された気象津波に対して沖合観測網やHFレーダーを用いたデータ同化手法を適用し、津波検知やその予測において、S-netをはじめとする沖合観測網は極めて有効な手段である一方、入り組んだ湾地形に沿岸においてはHFレーダーが予測精度向上に有効であることを明らかにした。また、AIを活用した沿岸津波予測の新手法開発を行い、その到達点と課題を明示するなど、先駆的かつ多様な研究を実施している。
さらに受賞者は、定量的な津波警報解除基準の設定に向けた研究など、津波現象の理解と解析にとどまらず、災害情報創生に資する幅広い研究を主体的に実施しており、その津波防災への貢献は大きい。
以上の理由により、受賞者の優れた業績と高い研究能力を認め、その将来の活躍も期待し、 日本地震学会若手学術奨励賞を授賞する。
JAGURS開発チーム(構成員 馬場 俊孝,佐竹 健治,Phil R. Cummins, Sébastien Allgeyer, 齊藤 竜彦,対馬 弘晃,今井 健太郎,山下 啓,近貞 直孝,南 雅晃,水谷 歩,加藤 季広)
津波シミュレーションコードJAGURSは、地震学会に所属する津波研究者および海外の研究者がこれまでに開発した計算モジュールを融合させる形で共同開発しているオープンソースである。津波ハザードマップの作成に使われる一般の浅水波モデルと比較して格段に高精度な解析が可能である。2011年東北地方太平洋沖地震以降発見された固体地球とのカップリングの効果や、2022年トンガ火山津波の再現に必要な大気圧変動の効果も考慮できる。少なくとも遠地津波のシミュレーションにおいては、世界で最も優れたソフトウェアであり、高精度な津波計算を実現している点も高く評価できる。また、ノートPCで利用できる汎用性の高いコードであるとともに、MPIおよびOpenMPを用いて高度に並列化されスーパーコンピュータ(京、地球シミュレータ、Wisteria、富岳)でも稼働する。ユーザーマニュアルも日本語、英語ともに整備されており、ユーザビリティの向上に努めている。JAGURSに関する2本の主要論文も分野において引用回数が多く、国内外のユーザー数の多さを示している。
こういったユーザビリティの向上によって、大学院生などの初学者に対して津波シミュレーションの敷居を下げていることも高く評価される。JAGURSを利用して研究を開始した学生が、JAGURSを基礎としてより高度なモデルを自ら開発し、秀でた研究成果を上げているケースも多く、津波シミュレーション研究の高度化、将来の人材育成にも大きく貢献している。さらに、津波研究の枠組みを超え、地震波シミュレーションとの連成計算の試みにも利用されており、地震学分野全体への波及効果も大きい。
和歌山県、三重県、千葉県では津波即時予測システムをデータベース検索方式で自前運用しているが、この津波データベースの構築にJAGURSが利用されている。地震調査研究推進本部津波評価部会の資料作成にもJAGURSが利用されており、防災に関連する行政活動への貢献も大きい。また、民間企業での利用実績もある。このようにJAGURSは社会実装の面でも進捗が見られ、波及効果も大きい。
以上の理由により、受賞団体の優れた業績と地震学の発展への高い貢献を認め、日本地震学会技術開発賞を授賞する。
金沢 敏彦,塩原 肇,篠原 雅尚 及び自己浮上式海底地震計開発チーム(構成員 杉岡 裕子,一瀬 建日,山田 知朗,伊藤 亜妃,中東 和夫,望月 将志,渡邊 智毅,八木 健夫)
授賞対象は、日本周辺海域のみならず世界の海底における長期・多点・広帯域地震観測の実現を通じて地震学の発展に多大な貢献をしてきた。主な業績は以下の通りである。
受賞団体が開発した自由落下・自己浮上式海底地震計システム(本システム)は、海底における長期・多点・広帯域地震観測を実現することを通じて、沈み込み帯における多様な地震現象や海洋リソスフェアの構造に関する地震学的研究に多大な貢献を果たしてきた。本システムは、現在も海域地震探査における稠密観測等で活躍している1980年代に開発・実用化した海底地震計(従来型装置)を母体として、1990年代後期から開発された。本システムは従来型装置の小型軽量かつ海底からの高回収率であるという長所を維持しつつ、長期連続観測および広帯域観測を実現するというコンセプトで開発された。本システムでは、 50cmまたは 65cm のチタン球が耐圧容器として採用され、強制電蝕方式の切り離し機構もチタン板を用いて高度化され、安定した長期観測が実現された。センサーとして 1Hz 型速度計および CMG-3T(360秒)などの広帯域地震計を使用できるようになり、広帯域化されたセンサーの性能を損なわないような高性能な姿勢制御機構が導入された。こうした機械的部分の大幅の改善と並行して地震波形記録装置の開発も行われ、容器内に収納可能な電池数の制約の下で、高い刻時精度と高ダイナミックレンジで地震波形の長期連続記録可能な低消費電力・高性能なものが実用化された。
本システムによる観測は、スロー地震現象に関する研究の上で大きな貢献を果たしている。陸上の地震観測網により発生が知られていた南海トラフの付加体下での浅部超低周波地震を震源直上で観測することにより、 震源深さに関する制約が大幅に向上した。その後、巨大地震発生帯の深部側に比べて研究が遅れていた浅部スロー地震の活動特性の解明が飛躍的に進み、本システムはスロー地震現象の包括的な理解のために重要な観測ツールとして広く国際共同観測において活躍している。千島海溝・日本海溝・南海トラフ域における地震の震源決定精度の向上によりプレート境界地震とプレート境界上盤・下盤それぞれにおける地震活動の特徴が把握され、長期繰り返し観測による2011年東北地方太平洋沖地震前後の地震活動の時空間変化の解明も進められた。さらに地震波速度トモグラフィやレシーバー関数解析等により大地震のすべり分布やスロー地震現象の活動分布に対応するような海底下構造不均質の特色が明らかにされている。また、本システムによる広帯域地震観測は海洋底下のマントル構造に関する研究においても目覚ましい成果を挙げ、標準的な海洋リソスフェアである北西太平洋プレートを対象とした観測研究では、地震波速度構造の年代依存性の研究を通してリソスフェアの進化過程が明らかにされた。一方、フィリピン海プレート上での広域観測から、沈み込んだ太平洋スラブとその上側に広がるマントルウェッジ内の構造の包括的な理解が進んだ。近年では、本システムで得られるデータが地震波干渉法によるS波速度構造モデルの推定や海底下構造の時空間変動現象の解明など幅広い研究分野で活用されるようになっている。
以上の理由により、受賞団体の優れた業績と地震学の発展への高い貢献を認め、日本地震学会技術開発賞を授賞する。
㓛刀 卓,青井 真,中村 洋光,鈴木 亘,森川 信之,藤原 広行
地震に伴う揺れや被害の大きさ及び分布を発災直後に把握することは適切な初動対応をとる上で極めて重要である。このような目的で使用される地震動指標として日本において最も浸透しているのは震度であり、多くの機関が震度で初動のレベルを定めているだけでなく、多くの国民が震度と揺れや被害の程度に関して相当程度の感覚を持っているなど、防災上極めて大きな役割を果たしている。
従来震度は体感や被害で定められていたが、1990年代中頃から計測震度計が導入されたことにより自動化と時間短縮が図られた。しかし計測震度は一分間の地震動記録を用いて算出することから(平成8年気象庁告示第4号)、地震発生後一分半程度しないと発表されない。この問題を抜本的に解決することを目的に、国立研究開発法人防災科学技術研究所の㓛刀卓氏を代表者とする本団体により提案された震度のリアルタイム演算法(以下、「本手法」と記す)は、最大加速度等の他の地震動指標を介すことなく時間領域の近似フィルタを用いて観測波形を処理することで、計測震度の計算精度と迅速性を両立させた画期的な方法である。同様な目的で過去にいくつかの方法の提案もあるが、大量のフーリエ変換処理が必要であったり、計測震度以外の連続的に算出可能な地震動指標を回帰式で変換する方法であったりするなど、適用できる演算装置や計算精度に限界があった。本手法では演算量が少ない再帰型デジタルフィルタを用いることで迅速性(計算量削減)と計算精度保証を両立させ、観測装置によるリアルタイムかつ連続での現地計算を可能とし、通信量の軽減やパケット落ち等による指標の欠落時間の最小化に成功している。
本手法はすべての防災科研の強震観測網K-NET及びKiK-netの1700台超の観測装置だけでなく、気象庁や一部の自治体の震度計にも実装されている。緊急地震速報において震源要素を用いず震度予測するPLUM法は本手法を採用することで実現されており、地震の見逃しの低減等に貢献している。また、日本列島の現在の揺れを表示する防災科研の「強震モニタ」は緊急地震速報の予測震度と実測のリアルタイム震度を重畳することで地震発生や地震動伝搬を把握できるサービスとして2008年から公開され、2011年東北地方太平洋沖地震や2016年熊本地震、2024年能登半島地震を含む被害地震直後のピークアクセスは数十万に達する。また、「Yahoo!天気・災害」における情報提供、「TBS NEWS DIG」及び、ゲヒルン株式会社の「NERV防災」アプリでのリアルタイム震度を表示する機能の追加など民間へも活用が広がっている。さらに、大地震発生直後対応の意思決定を支援することを目的とした防災科研のリアルタイム地震被害推定システム(J-RISQ)においても迅速化のためリアルタイム震度を採用しており、2016年熊本地震や2024年能登半島地震をはじめ、推定結果を防災クロスビュー等で公開しており、自治体の災害対策本部等で活用が進んでいる。
このように、本手法は日本で最も浸透している地震動指標である計測震度のリアルタイム演算を可能にすることで、これまで事後情報であった震度を、一般市民も含めたリアルタイム活用、そして大きく揺れ出す前の情報としての緊急地震速報の精度向上や、大地震発生からの迅速な災害対応のための被害推定に大きく貢献してきた。本手法の開発及び改良から十余年の間に、強震計での現地処理等への実装が進むことで(特許利用はK-NET・KiK-netを除き1000件以上)リアルタイム震度が流通し、それらを活用した新たな研究が勃興し、防災情報が開発・改良され、近年急速に社会実装が進んだ。
以上の理由により、受賞団体の優れた業績と地震学の発展への高い貢献を認め、日本地震学会技術開発賞を授賞する。