公益社団法人日本地震学会理事会
日本地震学会賞、論文賞および若手学術奨励賞の受賞者選考結果について報告します。
2022年1月31日に応募を締切ったところ、日本地震学会賞2名、論文賞7篇、若手学術奨励賞6名の推薦がありました。理事会において各賞の選考委員会を組織し、厳正なる審査の結果、2022年3月14日の2021年度第6回日本地震学会理事会において、下記のとおり日本地震学会賞1名、論文賞3篇、若手学術奨励賞3名を決定しました。なお、技術開発賞は応募がなかったため、選考は行われませんでした。
若手学術奨励賞の授賞式は2022年度定時社員総会開催に合わせて行い、日本地震学会賞および論文賞の授賞式は2022年度秋季大会の場において行う予定です。
入倉 孝次郎
強震動予測手法の開発と展開
受賞者は、京都大学に在籍中、地震学、特に社会と密接に関係する強震動地震学の分野において数々の卓越した成果を残された。なかでも、特筆すべきは地震強震動予測に関する研究である。
受賞者は、遠地の地震記録に基づく先行研究を踏まえ、震源スペクトルのスケーリング則と震源断層の相似則に基づいて中小地震記録から大地震の強震記録の再現や予測を行う経験的グリーン関数法を提案された。この方法は、近地強震記録に適用することで広帯域における強震動の再現を可能にし、中小地震記録を将来起きる大地震の強震動予測に活用できる可能性を示唆するものであった。また、平成7年兵庫県南部地震において生じた「震災の帯」の原因となった強震動パルス波が地下の震源断層の運動と不整形地盤による地震動の増幅的干渉効果によって生じたものであったことを、観測事実とモデルシミュレーションにより明らかにされた。
受賞者は、その後、断層面積や平均滑り量といった巨視的断層パラメータのみならず、滑り分布の不均質のような微視的断層パラメータも強震動生成に重要な役割を果たすことに着目された。新たに既往の大地震について不均質震源断層モデルの統計解析による滑りの大きい領域のスケーリング則を精査し、滑りの大きい領域と震源断層面上で強い揺れを生じる領域の対応といった強震動に関わる震源物理の研究成果を統合した「特性化震源断層モデル」の構築方法を提案された。
一連の強震動予測手法をまとめた「強震動予測レシピ」は、政府地震調査研究推進本部の全国地震動予測地図の根幹を成し、地震災害の軽減を目的とした地震動分布推定や地震被害想定に必要な強震動予測に広く用いられている。また海外においても、日本発の強震動予測手法として認知され、利用されている。
受賞者は強震動地震学の研究を永年牽引し、地震学の発展に寄与してきた。国内外の次世代地震研究を担う多くの人材を育成するとともに、地震防災に関する著書の執筆や各種委員会における活動を通じて社会の地震災害軽減に尽力されてきた。受賞者は、現在もなお地震学会を始めとする国内、国際学術集会等で精力的に研究発表を行っている。
以上のことから、2021年度日本地震学会賞を授賞する。
著者:Koji Masuda(増田 幸治),Takashi Arai(新井 崇史),and Miki Takahashi(高橋 美紀)
掲載誌:Progress in Earth and Planetary Science(2019)6:50
DOI:10.1186/s40645-019-0299-5
本論文は、地殻を構成する代表的な鉱物である石英と長石の粉体を用いて、地震発生層と同様の温度圧力環境下、水がある場合と無い場合で摩擦すべり実験を行い、摩擦係数の滑り速度依存性が温度や水の存在によりどのように変化するかを調べた。摩擦係数の滑り速度依存性は、その値が正であれば滑りを減速させ、負であれば滑りを加速させることを示す特性であり、地震発生層の範囲を規定する要因と考えられている。摩擦すべり実験は、室温から600℃までの温度範囲で、水の存在しない場合(Dry)と存在する場合(Wet)の合計30の条件下で実施された。その結果、水の存在しない場合は、すべての温度範囲で、石英・長石とも摩擦の速度依存性が正となり、安定すべりの状態が続き地震すべりへ発展しないこと、一方、水の存在する場合は、石英・長石とも摩擦の速度依存性が負になり地震すべりが発生する温度範囲が存在するが、長石の方が石英よりも、その温度範囲が広いということがわかった。また、実験後の試料の電子顕微鏡観察から、水がある場合の実験後の鉱物粒子の表面が丸みを帯びる様子が観察され、圧力溶解が発生していたことが示唆された。
これらの結果は、長石の摩擦特性が地震発生領域の深部境界を制限するのに主要な役割をはたしている可能性を示しており、高温高圧環境下における摩擦特性に対する水の影響を説明するメカニズムも示唆したということも合わせ非常に重要である。また、本論文の特筆すべき点は、従来の高温高圧下の摩擦滑り実験では主に試料として地殻構成岩石の花こう岩が使われてきたのに対し、よりミクロで本質的なメカニズムを解明するために鉱物である石英と長石を用いたことである。特に、長石の摩擦特性を調べた研究はこれまでほとんどない中、長石が不安定すべりを起こす温度範囲が石英のそれとは大きく異なるという本論文のもたらした知見は重要性が高い。現在、地震や地殻変動観測の進展により地震すべりと非地震性すべりの時空間的な分布が得られるようになったが、そのメカニズムを理解する上でも本論文の知見は有用であると考えられる。
以上の理由により、本論文を2021年度日本地震学会論文賞受賞論文とする。
著者:瀬野 徹三
掲載誌:地震第2輯, 73巻, 1-25, 2020
DOI:10.4294/zisin.2019-4
沈み込む海洋プレート(スラブ)において、沈み込みに沿ってスラブ内地震が二重面をなす場所があり、二重地震面として知られている。二重地震面は通常、稍深発地震の深さに存在するが、二重面のさらに上部でスラスト型の地震面もみられる領域が存在し、“三重”地震面を形成することがこれまで報告されている。このような三重地震面の成因の理解は、沈み込み帯における地震発生機構の理解の根幹をなすと考えられる。
本論文では、三重地震面が存在するとされていた宮城沖及び茨城県南西部に対し、三重地震面最上面のスラスト型地震の発震機構と、上盤側及び下盤側のプレートの相対運動を比較した。その結果から、最上面のスラスト型地震はプレート間地震ではなく、スラブ最上部の地殻内地震であり、プレート相対運動そのものを担っているのではないことを提言した。さらに、従来地震性のアスペリティが存在すると考えられていた深部プレート境界でのすべりはほとんど非地震性である可能性を指摘した。この新しい描像に基づけば、M7地震の震源領域がアスペリティでありながら2011年東北地方太平洋沖地震の前後にゆっくり滑り、かつ地震時に短周期地震波を発生したという奇妙な現象や、さらに1923年関東地震で埼玉県東部から茨城県南西部で震度が異常に大きい理由が説明できることを指摘した。
三重地震面が確認されている沈み込み帯の中には、伊豆-小笠原弧や高剪断応力を持つ東北日本沖のように衝突帯の性質を有する場所が存在する。本論文では、このような衝突の性質と三重地震面の両者を兼ね備えたプレート収束を“超沈み込み”と命名した。超沈み込み帯では、あたかも沈み込むスラブ地殻をプレート境界帯としてプレート相対運動を消費していると提言し、沈み込み帯での地震発生の理解には、プレート境界でのすべりやその不足という概念を超えた概念が必要であると指摘した。
このように本論文は、沈み込み帯における地震発生機構の既存の概念に変革をせまるような、新たな描像を提言した。新たな描像は地震学会において新たな議論を巻き起こし、この分野のさらなる進展に貢献することが期待でき、この意味で重要な成果であると認定できる。
以上の理由から、本論文を2021年度日本地震学会論文賞受賞論文とする。
著者:宍倉 正展, 行谷 佑一, 前杢 英明, 越後 智雄
掲載誌:地震2輯, 73巻, 159-177, 2020
DOI:10.4294/zisin.2020-4
この論文が対象とする1872年(明治5年)の浜田地震(M7.1)は、日本の測器を用いた地震観測開始前の発生であり、その直後の県による報告に続く詳細な地震と被害の調査報告は、地震後40年を経た地元住民への聞き取り調査によるものである。そのため、震源断層や地殻変動について不明な点も残っていた。
例えば、島根県・石見畳ヶ浦には、現在離水した波食棚地形が広がっている。この地形は、1932年(昭和7年)の史跡名勝天然記念物指定において「明治五年二月所謂濱田地震ノ際ニ隆起シテ水面上ニ現ハレタルモノニシテ有史後ノ隆起海床トシテ模範的ノモノナリ」と記載され、地震による地殻変動として0.6~1.8mの隆起が推定されている。しかし、江戸時代の同地域の絵図にすでに波食棚が描かれていることから、隆起の有無や隆起量の推定に異論もあった。
そこで、本論文では、石見畳ヶ浦の離水波食棚の成因や形成時期の推定は震源断層の解明に重要であるとの立場で、隆起の痕跡として潮間帯に生息し過去の汀線を示すヤッコカンザシの遺骸群集に着目した。その分布高度を、UAVによる写真測量で新たに取得した詳細な地形データや、採取したヤッコカンザシの年代測定結果とあわせて解釈することで、石見畳ヶ浦の地殻変動を総合的に議論している。その際には、過去の海水準の高度変化を把握するために、現生の生物群集についても調査して潮位と比較して生物群集分布域の標高データの精度を確認するなど、丁寧な分析作業と分かりやすい説明がなされている。年代測定には海洋リザーバー効果の補正も考慮し、成果としてまとめられた遺骸群集の年代-高度ダイアグラムから浜田地震時の隆起量が推定された。このとき、江戸時代の絵図に示されていた離水波食棚地形については、新規取得の詳細な地形データから、石見畳ヶ浦の地殻変動が南への傾動運動を伴ったという解釈で矛盾なく説明可能との新たな説を提案した。
本論文は、生物遺骸群集の分布高度と年代測定結果をそれぞれ詳細にまとめて、さらに、石見畳ヶ浦内の南北間の差異を議論できる高精度な地形データを加えて検討することで、江戸時代の文献と地震後の聞き取り調査で整合していなかった浜田地震の地殻変動に関して統一的な解釈を新たに提案している。課題の設定からその解決のために取得したデータの分析と解釈、考察の明快な論理構成も高く評価できる。近代観測以前の歴史地震に対して、地形・地質学的データの精度の向上をはかりながら歴史学的見地との総合的な解釈を進めた点は、この研究分野への模範として高く評価できる。
以上の理由から、本論文を2021年度地震学会論文賞受賞論文とする。
地震破壊過程の解明とデータ駆動型研究による地震動モデルの高度化
確度の高い地震破壊過程を客観的に推定するためには、観測記録に適した情報量の取り扱いが効果的である。また、大地震のような低頻度大規模現象を含めたデータ駆動型研究においても、その威力が発揮される。受賞者は、観測地震動に基づく研究によって大地震の震源過程と強震動の成因やその予測に関する重要な知見を得てきた。また、データ駆動型研究にも取り組み、機械学習と物理モデルを組み合わせた地震動指標の予測高度化を行う等、大きな成果をあげてきた。
地震破壊過程の解明に関しては、2011年東北地方太平洋沖地震や2011年茨城県沖の地震、2016年熊本地震等に対して地震波形記録等に基づく解析を行い、それらの断層破壊過程と地震波放射の詳細を明らかにするとともに、沈み込む海山や隣り合う他のプレートが断層破壊に与える影響や、スロー地震発生域との空間的な関係、プレート境界大地震における放射地震波の周期特性の詳細な深さ依存性等、プレート境界の震源理解において新たな視点を与えた。また、データの粗密を巧みに利用して、地震波形を用いた震源過程解析にフルベイジアンアプローチを導入した研究や、未知パラメータとその最適な次元を推定するトランスディメンジョナルインバージョンが断層すべり分布推定において有用であることを示した研究など、情報学の制約を取り入れた地震破壊過程の解析手法を開発している。
データ駆動型研究による地震動モデルの高度化に関しては、海域地震観測網の地震動増幅特性や強震時の非線形地盤応答に関する研究、深発地震による地震動予測式の提案など、未開拓の分野に挑戦した。さらに地震動ビッグデータと機械学習を組み合わせたデータ駆動型研究を進めている。地震動指標の予測問題においては、強い揺れの記録が少ない地震動データセットに対して機械学習を行うと、防災上重要な強震動が過小評価される予測バイアスが生じることを明らかにした。解決策として、物理モデルに基づく従来の予測式による予測と観測の残差を学習した機械学習モデルを作成し、それと従来の予測式を組み合わせたハイブリッド予測アプローチを提案して、単一の手法に比べて優れた予測性能を得ることに成功した。このように、自然現象に内在する不足情報を活用して成果を上げた姿勢は高く評価され、今後の研究展開において受賞者の一層の貢献が期待される。
以上の理由により、受賞者の優れた業績と高い研究能力を認め、その将来の活躍も期待し、日本地震学会若手学術奨励賞を授賞する。
広帯域海底地震観測データの表面波解析によるリソスフェア・アセノスフェアの成因に関する研究
海底地震観測データを用いた海域下の地震波速度構造と方位異方性に関する研究は、リソスフェア・アセノスフェアの構造とその成因を紐解く上で極めて重要である。受賞者は、広帯域海底地震計データに対して、地震波干渉法・遠地地震波解析による表面波の広帯域分散測定法を開発するなど、先駆的かつ独創的な研究によって顕著な業績をあげてきた。
受賞者は、新しく開発した地震波干渉法・遠地地震波解析を四国海盆下に適用し、リソスフェア・アセノスフェア境界付近の鉛直異方性を明らかにした。この解析手法は広帯域海底地震観測に新たな方向性を示し、東京大学地震研究所を中心とした国際的観測計画でも標準的解析手法として活用されている。また、この解析手法を北西太平洋の海底地震計データにも適用し、リソスフェア・アセノスフェアの地震波速度構造と方位異方性を推定し、その成因の研究に一石を投じた。さらに、海底地震計データの解析にあたり、地震波干渉法を用いた新たな時刻補正手法を開発した。このような研究経歴と高度な地震波形解析技術を踏まえ、問題に即した独自の手法開発を通じて地球科学上の重要課題を探究する姿勢は高く評価できる。
この他にも受賞者は、低周波地震を対象とした広帯域地震観測の研究に取り組み、深部低周波微動を基準とした広帯域地震波形記録の重合によって、単独では検出の難しい微小な低周波地震の存在を明らかにした。今後の地震学の発展には、細分化された分野間の垣根を越え、その対象領域を押し広げていくことが必要であり、受賞者のように広範かつ独自の視点で研究対象を広げていく姿勢が期待される。
以上の理由により、受賞者の優れた業績と高い研究能力を認め、その将来の活躍も期待し、日本地震学会若手学術奨励賞を授賞する。
多角的アプローチによるスロー地震を中心とした沈み込み帯地震学研究
スロー地震は沈み込み帯において頻繁に発生している現象であり、巨大地震の準備過程においても重要な役割を果たしていると考えられている。受賞者は、スロー地震を中心とした沈み込み帯における地震現象を包括的に理解するという目的に向かって、地震波形解析、数値計算、測地データ解析、地質データ解析、地震観測研究などの多角的なアプローチを組み合わせて研究活動を行ってきた。特に、スロー地震活動の地域性の解明や摩擦不均質断層の滑り挙動の解明など、沈み込み帯地震学研究に対して大きく貢献してきた。
受賞者は、スロー地震の中でもテクトニック微動と呼ばれる現象を対象に、世界の沈み込み帯の深部微動や南海トラフ・日本海溝の浅部微動など、様々な発生環境の現象に対して統一的な地震波形解析の手法を用いて震源パラメーター推定を行うことで、スロー地震活動を定量的に評価し地域間の比較を可能にした。この成果は、発生環境とスロー地震活動の特徴を対比し、現象を支配する要因を今後検討していく上で重要な貢献である。また、上記の地震波形解析の研究から得られた摩擦不均質断層という発想をもとに断層破壊数値計算にも取り組み、不均質性が巨大地震前の前駆的地震活動の有無や前駆的非地震性滑りの卓越具合、余震生成を支配していることを解明した。特に前駆的活動に関する研究は、2019年度の日本地震学会論文賞を受賞するなど高い評価を受けている。
この他にも受賞者は、測地データを用いたスロー地震解析や、浅部プレート境界周辺の地質学的データ解析、DASや回転地震計などを用いた観測研究に取り組むなど、沈み込み帯地震学の理解に向けてアプローチの幅をより一層広げている。沈み込み帯における地震現象の理解という大きな目標に向かって、多角的なアプローチで研究を行う受賞者の研究姿勢は特筆すべきものであり、今後の研究展開において更なる貢献が期待される。
以上の理由により、受賞者の優れた業績と高い研究能力を認め、その将来の活躍も期待し、日本地震学会若手学術奨励賞を授賞する。
推薦なし