公益社団法人日本地震学会理事会
日本地震学会論文賞および若手学術奨励賞の受賞者選考結果について報告します。
2018年1月31日に応募を締切ったところ、論文賞10篇、若手学術奨励賞9名の推薦がありました。理事会において各賞の選考委員会を組織し、厳正なる審査の結果、2019年3月13日の2018年度第7回日本地震学会理事会において、下記のとおり論文賞3篇、若手学術奨励賞3名を決定しました。なお、若手学術奨励賞の授賞式は日本地球惑星科学連合2019年大会時に開催予定の定時社員総会に合わせて行い、論文賞の授賞式は2019年度秋季大会会場にて執り行う予定です。
著者:Akira Hasegawa(長谷川 昭)and Junichi Nakajima(中島 淳一)
掲載誌:Progress in Earth and Planetary Science (2017) 4:12 DOI: 10.1186/s40645-017-0126-9
スラブ内地震はどのようなメカニズムで起こるのか。地震学の大きな謎の1つである。地下深部では脆性破壊強度もしくは摩擦強度がきわめて大きくなるからである。有力な説として、脱水脆性化、剪断応力による部分熔融、オリビン-スピネル相転移などが提唱されているが、これらは高温高圧実験や理論に基づく仮説であり、まだ結論は出ていない。
本論文は、スラブ内変成作用と稍深発地震の成因に関連した地震波速度構造と地震活動に関する研究成果をレビューし、スラブ内地震のうち稍深発地震については、脱水脆性化、もしくは脱水脆性化と熱的不安定化の複合作用が、その発生原因であることを強い説得力をもって示した。近年の地震観測網の高密度化によりスラブの内部構造が推定可能になったからである。
稍深発地震は約40-180kmの深さで二重地震面を形成する。二つの地震発生面の間隔はスラブ年齢の対数に比例し、これらの位置と深さはスラブ変成作用と脱水反応境界と密接な関係がある。冷たいスラブでは、地殻の温度―圧力経路が相境界深度で水を多く放出し体積変化が起こることで、活発な地震活動が想定される。冷たいスラブの代表である東日本下の太平洋スラブで、予想通り80-90kmの深さに帯状の地震活動の集中域が観測されている。また、相境界であれば地震波速度が上がることも予想されるが、その通りに低速度の地殻がその深さで高速度に変わる。一方で、地震波トモグラフィーから、東日本と南米チリのスラブマントルでは、二重面下面に沿ってP波速度が低下することが明らかになった。これは蛇紋岩化マントルでは説明できず、水の存在が強く示唆される。岩石から放出された水がマントルの強度を下げ地震を発生させるとする意味で脱水脆性化説を強く支持する。もう1つの可能性は、水が強度を下げ破壊を開始させ、破壊進展には熱的剪断不安定が役割を果たすとする複合メカニズムである。いずれにしても、稍深発地震の発生に水が重要な役割を果たしていることを示す確かな証拠である。
以上のことから、本論文が、これまでに得られた観測的証拠を整理し積み上げることによって、稍深発地震の発生メカニズムについての説得力を高め、地震学の長年の謎の解明に向けて大きく進展させたと評価できる。
以上の理由から、本論文を2018年度日本地震学会論文賞とする。
著者:原田 智也,西山 昭仁,佐竹 健治,古村 孝志
掲載誌:地震第2輯第70巻(2017)89-107頁 DOI:10.4294/zisin.2016-13
明応七年六月十一日(1498年6月30日)、日向灘大地震は本当に存在するのか? 地震調査研究推進本部地震調査委員会の日向灘および南西諸島海溝周辺の地震活動の長期評価にもこの地震の歴史記録があると書かれている。しかし、この地震の根拠となった『九州軍記』は地震後100年以上経って書かれたものである。
本論文は、1498年明応日向灘地震の実在可能性を確かめることを目的として、『九州軍記』中の九州大地震とそれによる被害が記載されている「九州大地震付大旱飢饉事」の章の内容や成立過程を詳細に検討したものである。『九州軍記』は正慶2年(1332年)から天正15年(1587年)の約250年間の九州内での動乱を描いた軍記物語で、浄念による『九州鑑』焼失後、玄厚が浄念から聞いた『九州鑑』の内容を再びまとめ、了圓によって修正補筆されたものである。著者らは、『九州軍記』に書かれたこの地震の被害に関する記述には具体的な被害地域名や建造物や人的被害の程度などが一切ないこと、また被害記述の大部分が『平家物語』の異本の一つである『源平盛衰記』の元暦2年の地震と思われる記述と酷似していることを指摘している。さらにこれほどの地震であれば京都で有感になりそうだが、小さな地震についてまで書いている京都の日記にもこの地震が起きたとされる時刻に揺れの記載はない。また、著者らはこの章が前後の軍記物語の章を繋げるとともに、後ろに続く物語を盛り上げるために書かれた創作物と考えた。戦乱と度重なる災害による人々の苦しみを記述するために書かれたもので、この軍記物語の執筆・改訂中に発生した文禄豊後地震や文禄伏見地震の影響を受けている可能性がある。これらのことから、『九州軍記』の信憑性は著しく低く、明応日向灘地震が実在した可能性はほぼないと結論づけた重要な論文である。本論文では、『九州軍記』だけでなく、この地震についての記載があるその他の史料についても詳細にかつ緻密に検討を行っている点も評価できる。
明応日向灘地震のように史料が少ない時代の地震は、信憑性の低い史料までもが使われ、記録密度に地域差などもあって事実と異なる地震像が作られる可能性があり、それが将来発生する巨大地震の長期評価にも大きく影響する怖れがある。特に古い時代の歴史地震の信憑性を評価するには膨大で緻密な史料調査が必要である。大変な労力を要する地味な研究であるが、地震学の進展のためには重要であり、今後もこのような地道な研究も必要である。
以上の理由から、本論文を2018年度日本地震学会論文賞とする。
著者:Yumi Urata(浦田 優美),Keisuke Yoshida(吉田 圭佑),Eiichi Fukuyama(福山 英一)and Hisahiko Kubo(久保 久彦)
掲載誌:Earth, Planets and Space (2017) 69:150 DOI: 10.1186/s40623-017-0733-0
大地震の発生を規定する要因である地震前応力場や断層面における摩擦パラメータ等を実際の観測データから明らかにすることは、大地震の発生前に現実的な地震シナリオを想定する観点からもきわめて重要である。
本論文は、2016年熊本地震(Mw7.1)において、背景応力場と前震による応力変化を考慮することで、本震の破壊が実現しうる力学的条件を明らかにした。まず、余震分布の精密再決定からM6クラスの前震の断層面および2枚の断層面から構成される本震の断層面を決定した上で、前震にともなう本震断面上における静的応力変化を見積もった。その結果、前震によるクーロン応力変化(ΔCFS)は震源付近で正となり、前震が本震の破壊開始を促進させうることが明らかになった。一方で、震源よりも浅部の広い範囲でΔCFSは負となり、地震前応力(せん断応力)が小さければ、破壊は浅部には伝搬せず、M7クラスの本震を再現できないことが明らかになった。次に本震を発生させうる力学条件を解明することを目的とし、地震前応力場と前震による応力変化の和を初期応力分布とした三次元動的破壊伝播シミュレーションを、地震前応力の大きさと断層面上における摩擦構成パラメータを変化させた約150ケースで実施した。その結果、本震を再現しうる地震前応力の範囲および摩擦構成則を推定することに成功した。
著者らが、前震による応力変化と本震破壊による応力解放に必要な力のバランスに着目するという考えを提唱し、観測データと大規模シミュレーションの組み合わせによって地震前応力場の推定を実現させたことは、重要な成果である。さらに、これらの成果は観測データから設定する応力場と動的破壊伝播シミュレーションを複合させることで、巨大地震の現実的な発生シナリオを合理的に提示しうることを示唆するものであり、自然現象を予測する能力を持った科学としての地震学が目指すべき方向性を提示する研究と考えられ、その重要性は高い。
以上の理由から、本論文を2018年度日本地震学会論文賞とする。
観測地震動記録とシミュレーションに基づく広帯域強震動の特性解明と予測手法の開発に関する研究
受賞者は、観測地震波形記録の分析と地震波動場計算から地震動の波形特性を解明する研究、および、それらの知見から、将来生じる大地震による被害軽減を目指した広帯域強震動予測手法の高度化に関する研究に継続的に取り組んできた。
地震動の波形特性の解明の研究では、大規模堆積盆地内でのやや長周期の地震動に着目して観測波形から堆積盆地の基盤形状を逆解析する方法を提案し、この手法を用いて、大阪堆積盆地の3次元地下構造モデルの改良を行った。また、観測点での広帯域波形記録から振幅特性や継続時間特性の周期帯間の関係を経験的に見いだし、長周期の地震動から短周期の地震動を順次合成する手法を提案した。この手法を2003年十勝沖地震の広帯域地震動記録に適用し、周期20~0.0625秒という広い帯域に対して地震動を再現することに成功した。本手法は、観測地震動に基づく将来の大地震時の強震動予測など、地震工学分野も含めた広範な適用可能性を持つ独創的な方法として高く評価されている。
広帯域強震動予測手法の高度化研究では、国内で標準的に使用されている「レシピ」による広帯域強震動予測手法を実際の被害地震記録に適用して方法論の検証を行った。この研究により、「レシピ」の強震動予測の国際的プラットフォームへの実装が加速された。また、海溝型巨大地震の強震動予測に関して、従来長周期帯域に限定されていた震源断層モデルに震源物理の知見を適切に組み入れ、周期2秒程度まで有効な広帯域震源モデルを構築した。この震源モデルは地震本部による長周期地震動評価にも一部採用されている。最近では、広帯域地震動の計算に現在使用されているハイブリッド法の改良に向けた研究を進めており、短周期側でのモデル化の影響を波動論や観測事実を踏まえて評価している。
以上のように、受賞者は洞察力に優れた独創性のある研究を展開し、実用上も重要な研究成果をあげてきている。これらの理由から受賞者の広帯域地震動予測の高度化に対する優れた業績を認め、その将来の活躍も期待し、日本地震学会若手学術奨励賞を授賞する。
データ同化に基づく断層すべりの理解・予測と波動場推定の高度化に向けた研究
近年、地殻変動・地震観測網の充実や計算機性能の向上はめざましい。しかしながら、従来の地震学では観測データ解析と物理数値モデリングは独立に行われてきた。受賞者は、こういった状況を打破するべく、大気海洋物理分野で開発された両者を融合する4次元データ同化手法を地震学に先駆的に導入し、余効すべりやスロー地震などの沈み込み帯の断層すべりの理解や予測、地震波動場推定の高度化に向けた研究で、データ同化の有用性を示してきた。
受賞者は、沈み込むプレート境界での断層すべりを支配する摩擦特性を、アジョイント法により推定する手法の開発を行った。さらに、2003年十勝沖地震の余効すべり発生域の摩擦特性の空間分布を推定し、余効すべりの予測性能が向上することを示した。この成果は地殻変動データから摩擦特性が推定できることを示すとともに、断層すべりの予測に対するデータ同化の有効性を示している。
受賞者はデータ同化研究以外にも、地震観測データ解析にも取り組み、スロー地震発生場の特徴の抽出にも成功している。四国西部では微動カタログやGNSSデータの解析を行い、スロー地震の発生様式が発生環境で規定され、スロースリップの時間発展がイベントごとに異なることも示した。これらは、データ同化による断層すべりの物理的理解と予測研究への知見となる。
さらに、限られた地震観測点からマルコフ連鎖モンテカルロ法に基づく地震波動場の推定手法の開発も行い、首都圏地震観測網で得られた地震波形への適用を通して、長周期の地震波動場の推定が行えることを示している。この成果は、今後の推定手法の高度化に伴い、地震発生時の即時的な被害推定や二次災害の軽減へ貢献できる可能性を有する。
以上のように、受賞者はデータ同化の手法を地震学に先駆的に取り入れ、今後の地震学におけるデータ同化研究の発展の基礎を確立した。受賞者は、データ同化のみならず、地震観測および測地学的データ解析においても着実に成果を上げている。受賞者が構築に貢献したスロー地震カタログデータベースも、地震学や関連する地球科学全体へのさらなる発展に寄与するものと期待される。
以上の理由により、受賞者の優れた業績を認め、日本地震学会若手学術奨励賞を授賞する。
数理地震学の牽引と学際的な研究展開
受賞者は地震発生機構の数理的研究を行い、その成果を実地震のデータ解析やその解釈に適用し、本分野を牽引してきた。数学系分野との学際的研究にも積極的に取り組んでいる。
地震発生は断層周辺の不均質構造に影響を受けざるを得ない。最先端の観測研究によって断層周辺の構造不均質と地震発生との関係が指摘されている中、その影響を理解するために必須となる解析的な理論研究は、断層破壊解析の困難さから手がつけられていない状況である。受賞者は、不均質構造中の破壊解析の理論研究の立ち上げに重要な先駆的役割を果たしていると認められる。
受賞者は、プレート境界に代表される媒質境界をモデル化し、断層が境界に沿う場合に特定の方向に破壊する強い傾向があること、また断層が境界と交わる場合、破壊の停止への多大なる効果があることを自ら開発した手法で解析し明快に示した。これらの成果は、均質媒質中の孤立平面断層の解析という従来の理論研究の枠組みを超える数理地震学の新展開であり、今後の理論研究の道標となりえるものである。理論研究から示される境界を挟んだ応力場の非対称性は、後続する複数の理論研究を生む契機となった。現実の地震発生についても巨大地震の震源過程、および大小地震に先行する前震活動の複雑さが、断層面上の応力・強度が不均質な場合における地震破壊理論により理解できることを示した。さらに、観測解析研究において到達可能な断層滑りの短波長不均質成分の理論的限界を定量的に示し、地震観測研究に貢献した。受賞対象者の理論研究を契機に実際の震源過程において短波長成分を含むエネルギー解放量を推定しようとする試みが複数の研究者によって開始されている。
また、受賞者は応用数学分野の学術会議に参加し、日本応用数理学会の研究部会幹事として連続体力学の数理の議論を進める等、応用数学者らと積極的に関わり研究を行なっている。数理地震学分野は地震学者によって独自の発展を遂げ、数学的に不完全な記述に基づいている点があり、これが数学者の地震研究参入の障壁となっている。受賞者は、地震学特有の数学的記述や不完全な点を修正し、震源物理学の数理モデルの完全・簡潔な記述をまとめた。これらの研究成果は、応用数学者らの震源物理学への参入を促し、今後の地震学の発展に大きく寄与すると期待されるものである。
以上のように、受賞者は数理地震学を牽引し、学際的な展開を精力的に行っている。これらの理由から受賞者の数理地震学分野での優れた業績を認め、その将来の活躍も期待し、日本地震学会若手学術奨励賞を授賞する。