公益社団法人日本地震学会理事会
日本地震学会論文賞および若手学術奨励賞の受賞者選考結果について報告します。
2018年1月31日に応募を締切ったところ、論文賞7篇、若手学術奨励賞8名の推薦がありました。理事会において各賞の選考委員会を組織し、厳正なる審査の結果、2018年3月9日の第5回日本地震学会理事会において、下記のとおり論文賞3篇、若手学術奨励賞3名を決定しました。なお、若手学術奨励賞の授賞式は日本地球惑星科学連合2018年大会時に開催予定の定時社員総会に合わせて行い、論文賞の授賞式は2018年度秋季大会会場にて執り行う予定です。
著者:行竹 洋平(Yohei Yukutake),上野 友岳(Tomotake Ueno),宮岡 一樹(Kazuki Miyaoka)
掲載誌:Progress in Earth and Planetary Science (2016) 3:29, DOI: 10.1186/s40645-016-0106-5
地震波干渉法は、雑微動の相関処理から観測点間のグリーン関数を推定する手法であり、近年この手法を用いて地殻構造の時間変化を検出した事例が多く報告されている。しかし、地殻構造を変化させる要因は、地殻変動、流体移動、強震動による表層地盤の損傷など様々であり、地震波干渉法で見える構造変化がどの要因によるものなのか議論が続いている。本論文での特筆すべき成果は、日本有数の火山地熱地帯である箱根火山において、地震波形連続記録に対して地震波干渉法を適用し、2度の有意な地震波速度変化を検出したこと、そして丁寧な検証によりその要因を特定したこと、である。
検出された2度の変化は、1) 2011年東北地方太平洋沖地震(東北沖地震)直後の箱根カルデラ内及びその近傍の観測点における最大1%の急激な地震波速度低下、2) 2013年群発地震活動の際の中央火口丘及び噴気地帯のある大涌谷地熱域の観測点における約0.6%の地震波速度低下、である。東北沖地震後の速度低下は、10日以内の短期間に起きたこと、比較的広範囲の観測点で検知されたこと、さらに同時期に活発な地震活動が誘発されたことから、火山深部のマグマ性流体が東北沖地震による動的な歪変化に応答して地震波速度低下をもたらしたものと解釈した。一方、2013年群発地震活動の際の地震波速度低下は、数か月に及ぶより長い時定数をもつ変化であり地殻変動と調和的であること、かつ地殻変動データから推定された地殻変動源による体積歪の膨張域と地震波速度低下域が対応することから、火山活動に伴う地殻変動源によって生じた歪変化が地震波速度低下の主要因であると結論付けた。
上記の結論は、GNSSや傾斜計による地殻変動記録、強震記録、地震活動及び降水量など複数の観測データと照らし合わせた丁寧な検証のもと導かれており、非常に説得力がある。本論文により、今回箱根火山で検出された地震波速度の時間変化の要因が特定され、地震波干渉法が構造のモニタリングに有用であることが説得的に示されたことは、地震学上極めて重要な成果である。
以上の理由により、 本論文を2017年度日本地震学会論文賞とする。
著者:小林 昭夫, 弘瀬 冬樹
掲載誌:地震第2輯v69, p.1-9,2016 DOI: https://doi.org/10.4294/zisin.69.1
本論文では、国土地理院GEONET観測点の座標時系列の解析より千葉県北部において2000年および2005年に1カ月から1年程度の継続時間を持つ非定常的な隆起が発生していたことを見出した。それらの隆起は、関東地方の太平洋プレート上面の相似地震活動域(木村、2010)において発生した2000年6月3日の銚子付近の地震(M 6.1)、2005年4月11日の銚子付近の地震(M 6.1)、同7月23日の千葉市付近の地震(M 6.0)とほぼ同一の断層面で発生した余効すべりによると考えられるが、すべりの規模は地震の数倍であった。
これまで東北日本の太平洋プレート上面では、1992年三陸はるか沖地震、1994年三陸はるか沖地震, 2003年十勝沖地震などで地震と同等ないしはその規模を上回る非地震性の余効すべりが発生することが報告されてきた。一方、関東の太平洋プレート上面では、これまでそのような大きな余効すべりは報告されておらず、余効すべりが日本付近の太平洋プレート上面に一般的に見られる現象かどうか明らかではなかった。本論文により、関東地方の太平洋プレート上面においても同様の現象が見られることが明らかになり、そのような余効すべりが日本付近の太平洋プレート上面に普遍的に見られる現象であることが示唆された。
著者らはGEONET観測点の座標時系列を丹念に調べ、比較的誤差の大きな上下変動の時系列から、ともすれば見過ごされがちな小規模の非定常すべりを発見した。また、詳細な検討からそれらが太平洋プレート上面で発生したM6級の地震に伴う余効すべりと考えられることを明らかにした。本論文は、従来知られていなかった関東地方の太平洋プレート上面における地震を上回る規模の余効すべりの発生という新しい現象を指摘したという点で新規性が高く、何が余効すべりの発生をコントロールしているのかを今後解明していく上で重要な制約を与える点でその価値は高い。
以上の理由から、本論文を2017年度日本地震学会論文賞とする。
著者:都筑 基博, 小山 順二, Aditya R. GUSMAN, 蓬田 清
掲載誌:地震第2輯v.69, p.87-98,2017 DOI: https://doi.org/10.4294/zisin.69.87
2011年東北地方太平洋沖地震の発生により、500年~1000年周期で発生するとされるM9クラスの海溝型超巨大地震の解明には、近代的な観測データが存在しない歴史地震や古地震の精査が必要であることが改めて認識された。歴史地震や古地震の実像の解明には、史料や地質データに加え近代的な観測データで解析された最近の地震との比較が必要である。さらに、発生間隔が長い超巨大地震を観測によって繰り返しを捉えることは難しいため、複数の沈み込み帯における超巨大地震の包括的研究も不可欠である。
本論文では、20世紀初頭の超巨大地震の一つである1906年のEcuador・Columbia地震(Mw8.8)の規模を再評価した。再評価においては、新たに発見した地方新聞の記事に基づいたハワイ諸島の津波波高の精査や、1906年の地震の地震波形・津波記録と観測網が整備された1979年に同地域で発生した地震の記録との比較を行った。その結果、1906年の地震はEcuador・Colombia沖の沈み込み帯全体を震源域とするような超巨大地震であったという既往研究は過大評価であり、地震の規模は従来の報告値よりも有意に小さいMw8.4-8.5程度が適切と結論づけた。論文では、既往研究で地震規模を過大評価した原因として、1)1906年の津波波高が記録されたハワイの観測点(Hilo)では、津波襲来の当日、嵐と重なり波高の観測値が異常に高くなったこと、2)震源域周辺の陸域の地殻変動のすべてを地震時すべりによるものと仮定し、余効変動や非地震性すべりによる変動を考慮しなかったことを挙げている。さらに津波シミュレーションも行い、Mw8.5の断層モデルを仮定すると、津波観測記録を最もよく説明できることも示されている。論文では、1906年の地震の震源域の広がりや2016年に発生したMw7.8の地震に関するテクトニクス的な議論も展開され、沈み込み帯の地震テクトニクスおよび海溝型地震発生のメカニズムの理解の進展という面においても重要な知見を提示されている。
以上のように、本論文では観測データが十分ではない20世紀初頭の巨大地震に対して多面的な検討を詳細に行い、その実像を解明した優れた論文である。また、限られた観測から歴史的な地震の評価を適切に行えたことは、まだその実像が明らかになっていない過去の巨大地震の発生メカニズムの解明に向けて大いに勇気づけられる結果である。
以上の理由から、本論文を2017年度日本地震学会論文賞とする。
地震波構造探査に基づくプレート境界域の地震学的構造と地殻活動の解明
受賞者は、地震波構造探査のデータ解析に基づいて、沈み込み帯・衝突帯から拡大系に至る多様なテクトニクスを対象とし、それらの地震学的構造の詳細を明らかにすることで、地質学的時間スケールでの地殻・マントルの進化過程の解明に寄与するとともに、岩石学データから指摘されていたスラブ流体の役割に地震学的証拠を与え、さらには、プレート境界でのゆっくり地震活動と地震学的構造の関係を示すなど、プレート境界域での幅広い時間スケールの地殻活動の理解を深める業績を挙げてきた。また、大西洋中央海嶺をはじめ、国内外で数多くの機動的地震観測のデータ取得・解析に貢献すると同時に、その成果を着実に論文として公表し、さらに現在もヒクランギ沈み込み帯での国際プロジェクトにおいて中心的な役割を担うなど、今後、我が国の地震学的構造研究の中核を担うとともに、国際共同研究を主導していくことが期待される。主な研究業績として、以下のものが挙げられる。
伊豆衝突帯での屈折法データの解析から、伊豆小笠原弧起源の地殻の多重衝突構造と各衝突様式の特徴を明らかにするとともに、衝突帯内に露出する深成岩帯の深部イメージングによって、その成因が伊豆小笠原弧地殻の溶融であるという地震学的証拠を示した。またラウ背弧海盆での海底地震探査データを用いた研究では、背弧拡大軸が火山弧に近づいてくると、拡大軸付近の地殻は一般的な海洋性地殻よりも島弧地殻に近い地震学的特徴を示すことを明らかにし、岩石学的に指摘されていたスラブ流体の地殻形成への影響の地震学的な証拠をはじめて与えた。さらに、琉球海溝南部での反射法・屈折法探査データの解析から、1771年八重山地震の巨大津波波源域とされる沈み込み帯浅部に、プレート境界と分岐断層に挟まれた低速度ウェッジが存在し、プレート境界に沿った流体の存在を示唆する極性反転した反射面の断続的分布を示すとともに、海底地震観測データにもとづく低速度ウェッジ下端から深部SSE発生域の間での低周波地震発生と合わせて、地震発生帯の固着域が通常よりも狭い領域に限られることを示唆するモデルを提示した。
受賞者の詳細な地震学的構造研究の成果は、従来の分野を超えた波及効果を見せている。具体的には、沖縄トラフ南部の研究で、1924年に噴火したとされる西表島北北東海底火山の直下にマグマだまりの証拠を発見したが、この論文で示されたリフト軸部のマグマ貫入構造を元に、海底での現地調査が実施され、新たに熱水噴出孔が発見されるに至った。
以上の理由から、受賞者の優れた業績を認め、その将来的な活躍も期待し、日本地震学会若手学術奨励賞を授賞する。
地震波干渉法による構造の時間変化の検出と高分解能構造イメージング
受賞者は、地震計で記録された雑微動等から観測点間を伝わる波を抽出し地震波速度等の構造推定を行う地震波干渉法を研究の基軸として、実データへの応用や理論的解釈に関する様々な研究を推進し、地震学・物理探査学から建築学といった広範な分野をまたぐ多様な業績を挙げてきた。また、国内外の会議等での多くの招待講演や国際サマースクールの講師を務めるなど、当該研究分野を代表する若手研究者として国際的に活躍している。主な研究業績として、以下のものが挙げられる。
2011年東北地方太平洋沖地震によって東日本の広域で生じた浅部地下構造(地表から数百メートル)の時間変化を調べ、地震後の急速な速度低下とその後の対数関数的回復を発見し、その成因を明らかにした。また、日本列島全域の長期観測記録の解析から、大地震後の地震波速度の低下や、降雨量の多い時期に間隙流体圧上昇に伴うと考えられるS波速度の低下を発見した。さらに南カリフォルニアに展開された大規模地表アレイの雑微動記録から実体波の抽出に成功し、雑微動に基づく3次元P波速度構造を初めて推定した。地表アレイを用いた従来の地震波干渉法では振幅の大きい表面波しか抽出されず、それを用いたトモグラフィー研究では空間解像度に限界があった。受賞者の一連の研究は、従来の手法では困難であった高い空間解像度での時間変化も含めた地下構造モニタリングにつながる上、人工ノイズが多く探査の進んでいない都市部における高空間分解能な地下構造推定が可能となることも期待できる。
受賞者が進めてきた地震波干渉法の適用は地震学の範疇だけに留まらない。例えば、構造物内部を伝わる波を抽出する研究も行い、大地震によって損傷を受けた建物の利用可能性を判断する健全性評価の手法として、建築学分野への貢献も期待される。このような研究は、地震学とそれに関連する周辺分野との連携推進にも寄与し得るものといえる。
以上の理由から受賞者の優れた業績を認め、その将来性を期待し、日本地震学会若手学術奨励賞を授賞する。
モデリング・理論・室内実験による地震の物理の総合的理解に向けた学際的研究
受賞者は、地震破壊における断層帯のミクロな素過程やマクロな断層形状といった様々な物理特性について、理論的・数値的研究と室内実験的な研究を行い有機的に組み合わせ、理論モデルと観測可能量や実験記録とを結びつけることで、地震発生現象の総合的理解につながる多彩な業績を上げてきた。米国での学位取得後に来日して以来、防災科学技術研究所において大型岩石実験装置の運用とそれを用いた研究に携わっており、さらにアメリカ地球物理学連合での主コンビナーやTectonophysics誌特集号の主編集者を務めるなど、その活躍は国際的に幅広く、研究コミュニティーへの貢献も大きい。主な研究業績として、以下のものが挙げられる。
地震時の動的破壊とミクロな断層破砕帯の非弾性変形の相互作用を考慮した物理モデルを構築し、系統的な数値解析を行うことで、様々な観測可能量と非弾性変形間のスケーリング則などを示すことに成功し、波形に含まれる情報などにより破砕帯の非弾性変形の特性を推定できる可能性を示した。また、従来の損傷レオロジー理論を弾性定数が時間変化可能となるように拡張し、地震波の放射パターンに含まれるシグナル等を再現できることを示した。さらに、プレート境界地震のマクロな動的破壊シミュレーションを行い、シンプルなクラックモデルにより2010年チリ地震や2011年東北地方太平洋沖地震の余震活動などをよく説明できることを示した。
受賞者は、理論分野から室内実験の分野に大きく研究対象を広げていることに特徴がある。自ら、メーター級の大型試料を用いた室内実験を様々な条件で多数回行うことで、従来の小型試料を用いた実験での結果とは異なり、試料に加える歪み速度が大きなほど不安定滑りが促進されることを発見した。また、その破壊力学の知識に基づき、高い歪み速度によって破壊前に接触部における非弾性的な応力緩和過程が抑制されることがその原因である可能性を指摘した。
以上のように、受賞者は理論と実験を横断した優れた学際的研究で地震学を発展させる顕著な業績を挙げたと認め、将来的な活躍も期待し、日本地震学会若手学術奨励賞を授賞する。