高性能・多機能津波計算コードJAGURSの開発

受賞者(氏名)または団体名

JAGURS開発チーム(構成員 馬場 俊孝,佐竹 健治,Phil. R Cummins, Sebastian Allgeyer, 齊藤 竜彦,対馬 弘晃,今井 健太郎,山下 啓,近貞 直孝,南 雅晃,水谷 歩,加藤 季広)

授賞理由

津波シミュレーションコードJAGURSは、地震学会に所属する津波研究者および海外の研究者がこれまでに開発した計算モジュールを融合させる形で共同開発しているオープンソースである。津波ハザードマップの作成に使われる一般の浅水波モデルと比較して格段に高精度な解析が可能である。2011年東北地方太平洋沖地震以降発見された固体地球とのカップリングの効果や、2022年トンガ火山津波の再現に必要な大気圧変動の効果も考慮できる。少なくとも遠地津波のシミュレーションにおいては、世界で最も優れたソフトウェアであり、高精度な津波計算を実現している点も高く評価できる。また、ノートPCで利用できる汎用性の高いコードであるとともに、MPIおよびOpenMPを用いて高度に並列化されスーパーコンピュータ(京、地球シミュレータ、Wisteria、富岳)でも稼働する。ユーザーマニュアルも日本語、英語ともに整備されており、ユーザビリティの向上に努めている。JAGURSに関する2本の主要論文も分野において引用回数が多く、国内外のユーザー数の多さを示している。

こういったユーザビリティの向上によって、大学院生などの初学者に対して津波シミュレーションの敷居を下げていることも高く評価される。JAGURSを利用して研究を開始した学生が、JAGURSを基礎としてより高度なモデルを自ら開発し、秀でた研究成果を上げているケースも多く、津波シミュレーション研究の高度化、将来の人材育成にも大きく貢献している。さらに、津波研究の枠組みを超え、地震波シミュレーションとの連成計算の試みにも利用されており、地震学分野全体への波及効果も大きい。

和歌山県、三重県、千葉県では津波即時予測システムをデータベース検索方式で自前運用しているが、この津波データベースの構築にJAGURSが利用されている。地震調査研究推進本部津波評価部会の資料作成にもJAGURSが利用されており、防災に関連する行政活動への貢献も大きい。また、民間企業での利用実績もある。このようにJAGURSは社会実装の面でも進捗が見られ、波及効果も大きい。

以上の理由により、受賞団体の優れた業績と地震学の発展への高い貢献を認め、日本地震学会技術開発賞を授賞する。

授賞対象功績名:海底における長期・多点・広帯域地震観測の実現による地震学分野への貢献

受賞者(氏名)または団体名

金沢 敏彦,塩原 肇,篠原 雅尚 及び自己浮上式海底地震計開発チーム(構成員 杉岡 裕子,一瀬 建日,山田 知朗,伊藤 亜妃,中東 和夫,望月 将志,渡邊 智毅,八木 健夫)

授賞理由

授賞対象は、日本周辺海域のみならず世界の海底における長期・多点・広帯域地震観測の実現を通じて地震学の発展に多大な貢献をしてきた。主な業績は以下の通りである。

受賞団体が開発した自由落下・自己浮上式海底地震計システム(本システム)は、海底における長期・多点・広帯域地震観測を実現することを通じて、沈み込み帯における多様な地震現象や海洋リソスフェアの構造に関する地震学的研究に多大な貢献を果たしてきた。本システムは、現在も海域地震探査における稠密観測等で活躍している1980年代に開発・実用化した海底地震計(従来型装置)を母体として、1990年代後期から開発された。本システムは従来型装置の小型軽量かつ海底からの高回収率であるという長所を維持しつつ、長期連続観測および広帯域観測を実現するというコンセプトで開発された。本システムでは、 50cmまたは 65cm のチタン球が耐圧容器として採用され、強制電蝕方式の切り離し機構もチタン板を用いて高度化され、安定した長期観測が実現された。センサーとして 1Hz 型速度計および CMG-3T(360秒)などの広帯域地震計を使用できるようになり、広帯域化されたセンサーの性能を損なわないような高性能な姿勢制御機構が導入された。こうした機械的部分の大幅の改善と並行して地震波形記録装置の開発も行われ、容器内に収納可能な電池数の制約の下で、高い刻時精度と高ダイナミックレンジで地震波形の長期連続記録可能な低消費電力・高性能なものが実用化された。

本システムによる観測は、スロー地震現象に関する研究の上で大きな貢献を果たしている。陸上の地震観測網により発生が知られていた南海トラフの付加体下での浅部超低周波地震を震源直上で観測することにより、 震源深さに関する制約が大幅に向上した。その後、巨大地震発生帯の深部側に比べて研究が遅れていた浅部スロー地震の活動特性の解明が飛躍的に進み、本システムはスロー地震現象の包括的な理解のために重要な観測ツールとして広く国際共同観測において活躍している。千島海溝・日本海溝・南海トラフ域における地震の震源決定精度の向上によりプレート境界地震とプレート境界上盤・下盤それぞれにおける地震活動の特徴が把握され、長期繰り返し観測による2011年東北地方太平洋沖地震前後の地震活動の時空間変化の解明も進められた。さらに地震波速度トモグラフィやレシーバー関数解析等により大地震のすべり分布やスロー地震現象の活動分布に対応するような海底下構造不均質の特色が明らかにされている。また、本システムによる広帯域地震観測は海洋底下のマントル構造に関する研究においても目覚ましい成果を挙げ、標準的な海洋リソスフェアである北西太平洋プレートを対象とした観測研究では、地震波速度構造の年代依存性の研究を通してリソスフェアの進化過程が明らかにされた。一方、フィリピン海プレート上での広域観測から、沈み込んだ太平洋スラブとその上側に広がるマントルウェッジ内の構造の包括的な理解が進んだ。近年では、本システムで得られるデータが地震波干渉法によるS波速度構造モデルの推定や海底下構造の時空間変動現象の解明など幅広い研究分野で活用されるようになっている。

以上の理由により、受賞団体の優れた業績と地震学の発展への高い貢献を認め、日本地震学会技術開発賞を授賞する。

授賞対象功績名:震度のリアルタイム演算法の開発

受賞者(氏名)または団体名

㓛刀 卓,青井 真,中村 洋光,鈴木 亘,森川 信之,藤原 広行

授賞理由

地震に伴う揺れや被害の大きさ及び分布を発災直後に把握することは適切な初動対応をとる上で極めて重要である。このような目的で使用される地震動指標として日本において最も浸透しているのは震度であり、多くの機関が震度で初動のレベルを定めているだけでなく、多くの国民が震度と揺れや被害の程度に関して相当程度の感覚を持っているなど、防災上極めて大きな役割を果たしている。

従来震度は体感や被害で定められていたが、1990年代中頃から計測震度計が導入されたことにより自動化と時間短縮が図られた。しかし計測震度は一分間の地震動記録を用いて算出することから(平成8年気象庁告示第4号)、地震発生後一分半程度しないと発表されない。この問題を抜本的に解決することを目的に、国立研究開発法人防災科学技術研究所の㓛刀卓氏を代表者とする本団体により提案された震度のリアルタイム演算法(以下、「本手法」と記す)は、最大加速度等の他の地震動指標を介すことなく時間領域の近似フィルタを用いて観測波形を処理することで、計測震度の計算精度と迅速性を両立させた画期的な方法である。同様な目的で過去にいくつかの方法の提案もあるが、大量のフーリエ変換処理が必要であったり、計測震度以外の連続的に算出可能な地震動指標を回帰式で変換する方法であったりするなど、適用できる演算装置や計算精度に限界があった。本手法では演算量が少ない再帰型デジタルフィルタを用いることで迅速性(計算量削減)と計算精度保証を両立させ、観測装置によるリアルタイムかつ連続での現地計算を可能とし、通信量の軽減やパケット落ち等による指標の欠落時間の最小化に成功している。

本手法はすべての防災科研の強震観測網K-NET及びKiK-netの1700台超の観測装置だけでなく、気象庁や一部の自治体の震度計にも実装されている。緊急地震速報において震源要素を用いず震度予測するPLUM法は本手法を採用することで実現されており、地震の見逃しの低減等に貢献している。また、日本列島の現在の揺れを表示する防災科研の「強震モニタ」は緊急地震速報の予測震度と実測のリアルタイム震度を重畳することで地震発生や地震動伝搬を把握できるサービスとして2008年から公開され、2011年東北地方太平洋沖地震や2016年熊本地震、2024年能登半島地震を含む被害地震直後のピークアクセスは数十万に達する。また、「Yahoo!天気・災害」における情報提供、「TBS NEWS DIG」及び、ゲヒルン株式会社の「NERV防災」アプリでのリアルタイム震度を表示する機能の追加など民間へも活用が広がっている。さらに、大地震発生直後対応の意思決定を支援することを目的とした防災科研のリアルタイム地震被害推定システム(J-RISQ)においても迅速化のためリアルタイム震度を採用しており、2016年熊本地震や2024年能登半島地震をはじめ、推定結果を防災クロスビュー等で公開しており、自治体の災害対策本部等で活用が進んでいる。

このように、本手法は日本で最も浸透している地震動指標である計測震度のリアルタイム演算を可能にすることで、これまで事後情報であった震度を、一般市民も含めたリアルタイム活用、そして大きく揺れ出す前の情報としての緊急地震速報の精度向上や、大地震発生からの迅速な災害対応のための被害推定に大きく貢献してきた。本手法の開発及び改良から十余年の間に、強震計での現地処理等への実装が進むことで(特許利用はK-NET・KiK-netを除き1000件以上)リアルタイム震度が流通し、それらを活用した新たな研究が勃興し、防災情報が開発・改良され、近年急速に社会実装が進んだ。

以上の理由により、受賞団体の優れた業績と地震学の発展への高い貢献を認め、日本地震学会技術開発賞を授賞する。

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