福山 英一,山下 太,徐 世慶,溝口 一生,川方 裕則,大久保 蔵馬,前田 純伶
地震の本質は断層の摩擦すべりであり、岩石の摩擦特性は単に断層がどれほどの力ですべり始めるかだけでなく、そのすべりがどの様に発展し終わるかという地震の多様性をも左右する重要な要素である。しかし地震観測等から断層の摩擦特性を推定するのは極めて困難なことから、主に室内実験により調べられてきた。ただし、通常の室内実験で使用されるセンチメートル級の試料で働く摩擦法則がキロメートル級の自然断層でも同様に働くのか、すなわち、岩石摩擦特性が断層面スケールに依存しないのかは長年の疑問であった。また、自然断層には存在するはずの様々な不均質が断層すべりに与える影響の解明も小さな試料を使った実験では限界があった。受賞者らはこれらの疑問に直接的に答えるため、メートル級の岩石試料を用いた実験が可能な大型摩擦試験機をこれまでに3台開発するとともに、それらを使った実験研究により地震断層力学を大きく進歩させてきた。
受賞者らが大型岩石試料を用いた実験研究を開始したのは2012年頃である。最初に開発した第一世代の試験機で実現された模擬断層面は長さ1.5m×幅0.5mもしくは0.1mで、数は少ないものの世界に存在している他の大型試験機(米国地質調査所等)と比べて特段大きいものではない。しかしながらこの第一世代の試験機は大型振動台をせん断載荷の動力として利用している点で極めてユニークであり、これにより高速(最大1m/s)かつ大変位(最大0.4m)で模擬断層をせん断させることが可能となった。この特長により、センチメートル級の試料を使った摩擦実験と同等の条件での実験が可能となり、結果を直接比較できるようになった上、断層面へ自然な不均質を導入することが可能となった。続いて開発した第二世代の試験機は、開発当時において確認できる限り世界最長の模擬断層面を実現したものであり、そのサイズは長さ4.0m×幅0.1mである。その大きさにも関わらず、垂直荷重の載荷にフラットジャッキとハンドポンプを使用することで省スペース化が図られており、文字通り室内での実験が可能となった。そして昨年、これまでの実験及び研究で蓄積された様々なノウハウが注ぎ込まれ、2024年現在において確認できる限り世界最大の、長さ6.0m×幅0.5mの模擬断層面を最大1mせん断可能な第三世代の試験機が開発されるに至った。これらの試験機を用いた実験研究の成果として、まず、第一世代の試験機で示された、岩石摩擦特性がスケール依存性を持つことを示した研究が挙げられる(Yamashita et al., 2015, Nature)。これは摩擦すべり中に作り出される摩耗物により断層面上に応力不均質が発生・発展することに起因するものであり、地震断層力学分野に大きなインパクトを与えた。また、断層面上の応力や形状の不均質が断層破壊速度やそのばらつき具合、さらにどの様な過程を経て本震に至るかに与える影響も示された(Yamashita et al., 2021, Nat. Comm.; Xu et al., 2023, Nat. Geosci.)。その他にも様々な研究成果が得られているが、いずれも断層面の有限性と不均質性が鍵となっており、大型岩石試料を用いた実験研究の重要性と必要性を示すものである。
機械は一般に、規模が大きくなるほど精度が落ち、また制御も困難になる。しかしながら高い再現性で精密な実験を成功させ、上記のような研究成果が創出されているのは、受賞者らが設計段階で事前検討を重ね、実現可能な範囲で必要な性能を達成できるよう試験機開発を進めたためであろう。加えて、大規模であっても局所的に発生する現象を正しく把握するための適切なセンサーの選択や配置、測定・収録システムの開発等、ハードウェアのみならずソフトウェア面での技術開発も重要なポイントとなっている。これらの研究成果は日本国内のみならず国外でも注目を浴び、当該試験機を用いた国際共同研究が実施されている他、米国コーネル大学等での新たな大型摩擦試験機開発の契機となる等、当該研究分野を牽引する重要な役割を果たしている。第三世代の試験機による研究が本格的に始まることでさらに重要度が増していくと期待される。
以上の理由により、受賞者らの優れた業績と地震学の発展への高い貢献を認め、日本地震学会技術開発賞を授賞する。
海底長期孔内観測システム開発チーム(構成員 荒木 英一郎,猿橋 具和,許 正憲,町田 祐弥,木村 俊則,北田 数也,辻 修平,横引 貴史,櫻井 紀旭,横山 貴大)
海底長期孔内観測システムは、海域での地震や孔内間隙水圧、歪の変動を観測するために開発された海底深部掘削孔内のリアルタイム観測システムである。センサー群を「ちきゅう」で掘削した深部孔内に設置し、海底地震津波観測監視システム(DONET)に接続することによって、孔内間隙水圧、歪、地震動等の長期・連続リアルタイム観測を実現している。システムは、深部孔内のノイズの極めて少ない安定な環境で観測することによって、ゆっくりとした微小な孔内間隙水圧、歪の変動を検出することができる。2010年から2018年にかけて、南海トラフ熊野灘の3か所にシステムが設置されている。
海域で微小な孔内間隙水圧、歪の変動を検出できることから、海底長期孔内観測システムから得られた観測データによって、南海トラフ熊野灘震源域沖合で繰り返す浅部ゆっくりすべりの存在が初めて報告された(Araki et al., 2017)。この研究によって、浅部ゆっくりすべりが南海トラフプレート境界域において無視できない働きをしていることが明らかとなった。浅部ゆっくりすべりをリアルタイムに観測できることから、海底長期孔内システムから得られた孔内間隙水圧・歪観測データは気象庁南海トラフ地震評価検討会および地震調査委員会において定例報告・評価され、南海トラフの地震評価の重要な基礎観測データとして活用されている。
また、2023年には紀伊水道沖に新たに開発した「孔内光ファイバ歪センサ」を含んだ新たな海底長期孔内観測システムの設置・観測開始に成功している。孔内光ファイバ歪センサは、200mの光ファイバ巻き線を計測するマイケルソン光干渉計2系統・DAS等の分布型光ファイバセンシング用の光ファイバからなり、海底の観測装置に光ケーブル接続し、冗長かつ高感度・高ダイナミックレンジな観測を行うものである。新システムでは、設置後の交換ができない孔内部分はすべて光ファイバ等の機械的・電気的故障の要因のないものとしつつ、故障の可能性のある要素はすべて海底で着脱交換を行えるようにすることで、長期運用時に故障が発生した際にも、観測の継続を可能としている。
現時点では、高度な技術によって得られたいずれのデータも多くの研究者にとって容易に利活用できる状況ではなく、今後の更なるデータアベイラビリティの向上が期待される。今後、技術の高度化、データの利活用両面における更なる発展によって社会へのより一層の貢献が見込まれる。
以上の理由により、受賞団体の優れた業績と地震学の発展への高い貢献を認め、日本地震学会技術開発賞を授賞する。