2024年度受賞者Awards

受賞者:縣 亮一郎

授賞対象研究

地下構造の不均質性と不確実性に着目した革新的な計算科学・ベイズ推定手法を用いた研究

授賞理由

受賞者は、先進的な計算科学・データ科学・機械学習の手法を駆使し、地下構造の不均質性や不確実性を考慮した革新的な地殻変動モデリング法・有限断層インバージョン・地震波速度構造推定法を提案することで、非線形性を持つ粘弾性構成則と断層面摩擦則が巨大地震後の余効変動に与える影響や長期的スロー地震の応力変化と深部微動との関連性を明らかにするなどの顕著な業績をあげてきた。

地震現象を定量的に理解する上でボトルネックとなっているのは、地下構造の不均質性と不確実性である。しかし、従来の研究では、定式化の困難さや計算コストの問題により、これらの効果は無視されるか、考慮された場合でも限定的かつ近似的であった。受賞者は、2011年東北地方太平洋沖地震後に観測された急激な余効変動の原因を明らかにするために、地下物性の不均質性と非線形性に着目し、アセノスフェアは温度依存べき乗粘弾性構成則に、プレート境界の断層すべりは速度状態依存摩擦則に従うと仮定して、大規模な数値シミュレーションを行った結果、地震後に一時的に粘性が低下した領域が局在化し、不均質なマントル変動が発生していることを明らかにした。また、有限断層インバージョンにおいて、多くの研究で仮定されている地下構造と断層形状の不確実性がもたらす問題を解決するために、それらの不確実性に由来するモデル予測誤差の統計的性質を取り入れたマルチモデルベイズ推定法を構築し、豊後水道で発生した長期的スロー地震の断層すべりと応力変化を推定することで、長期的スロー地震によって応力が高まっている領域で深部微動が発生していることを明らかにした。

受賞者の成果は、構造やモデルの不均質性と不確実性に着目し、高度な計算科学・データ科学・機械学習を駆使することで、震源域周辺でどのような現象が発生しているのかを定量的に解明してきたことに特長がある。特に、深層学習に物理法則を組み込んだPINNとベイズ推定手法を融合した新しい地下構造推定手法を提案するなど、他分野の最新の知見を取り入れるにとどまらず、新たな可能性を模索し実現している点は特筆に値する。また、受賞者は、その視野の広さと卓越した研究の質により、計算工学、応用数理、土木工学の分野といった様々な分野でも、表彰や招待講演という形で高く評価されてきた。

以上の理由により、受賞者の優れた業績と高い研究能力を認め、その将来の活躍も期待し、日本地震学会若手学術奨励賞を授賞する。

受賞者:小寺 祐貴

授賞対象研究

地震動伝播に基づく実践的な地震動即時手法の開発とその実装

授賞理由

観測された地震動から即時に地震動を予測する実践的な手法開発を行い、震源決定を必要としない緊急地震速報を実現させ社会実装することは、地震防災・減災に関わる地震学的な重要課題の一つである。

一般に、破壊開始点である震源の位置と強震動生成域が異なるため、大規模地震ほど震源決定に基づく地震動即時予測では大きな誤差が生じる可能性がある。受賞者は、この問題を解決するために、観測点における強震動のリアルタイムのモニタリング(リアルタイム震度)から、その強震動が伝播しているとして即時に近傍の他の地点における強震動を予測する実践的な地震動即時予測手法であるPropagation of Local Undamped Motion method(PLUM法)を開発した。

震源決定に基づく従来の予測とPLUM法による予測を組み合わせたハイブリッドな方法は、従来の予測精度を維持しつつ大規模地震時の予測精度を向上させることができ、気象庁のシステムに実装され、2018年3月から緊急地震速報で活用されている。実際に受賞者は、2018年北海道胆振東部地震、2022年3月の福島県沖の地震(M7.4)などでは PLUM 法により地震動の過小予測が回避されており、緊急地震速報を社会で活用するにあたっての客観的検証を行なっている。また、PLUM法は米国でも適用が検討されるなど、日本以外の国でも発展を見せている。

さらに受賞者は、巨大地震発生時のP波放射過程を解析し、強震動生成域からのP波がリアルタイムで検出可能であり、そのP波を用いて強震動の即時予測が可能であることを示した他、リアルタイムで推定された波動伝播の減衰を考慮することにより、より遠方での地震動を予測可能な手法を開発するなど、PLUM法の改善に精力的に取り組んでおり、緊急地震速報の精度向上や社会実装に対する貢献は大きい。

以上の理由により、受賞者の優れた業績と高い研究能力を認め、その将来の活躍も期待し、日本地震学会若手学術奨励賞を授賞する。

受賞者:富田 史章

授賞対象研究

海底測地観測に基づいた沈み込み帯プレート境界すべりの解明

授賞理由

受賞者は、海底測地観測の実施・測位の高精度化による海底変位の検出、および海底測地観測データの特性を生かした断層すべり推定手法の開発を通して沈み込み帯プレート境界での断層すべり現象の解明に大きく貢献してきた。

2011年東北地方太平洋沖地震をはじめとした沈み込み帯プレート境界での断層すべり現象の多くは海底下が発生源となるため、海底測地観測が重要となる。受賞者はGNSS音響(GNSS-A)測位による海底測地観測の実施と測位解析手法の高精度化に従事し、東北沖地震後の海底での広域の地殻変動場を推定し、地震時主破壊域での粘弾性緩和による西向き、福島沖海溝近傍での余効すべりによると考えられる東向きの変動をそれぞれ明らかにした。また、複雑な海中音速構造を仮定したGNSS-A測位手法を開発し測位精度の向上を図るとともに、開発した手法をオープンソースソフトウェアとして公開した。この成果は、GNSS-A観測によって得られるデータセットの質の向上に寄与するとともに、GNSS-A解析に対する敷居を下げ、海底測地分野全体の発展に貢献するものである。

さらに受賞者は、粘弾性グリーン関数を断層すべりインバージョンに導入することで、地震後の測地観測データから地震時すべり分布の拘束が可能となることを示し、観測した西向き変動範囲の北限から、従来求められていたよりも北側に延びた地震時すべり分布を推定した。また、トランスディメンジョナルMCMC法を応用し、すべりの平滑化拘束を用いずに、かつ誤差の異なる観測データ間の重みの最適化や上記の粘弾性グリーン関数を用いた解析に有用な多時間窓の断層すべり分布推定を容易に行える断層すべり推定手法を開発した。

このように、受賞者はGNSS-Aによる海底測地観測自体の発展とその観測データの持つ情報を適切に引き出すことで、東北沖地震を対象に巨大地震サイクルに伴うすべり現象を解明し、地震学に大きく貢献した。

以上の理由により、受賞者の優れた業績と高い研究能力を認め、その将来の活躍も期待し、日本地震学会若手学術奨励賞を授賞する。

ページ最上部へ