2023年度受賞者Awards

受賞者:岡崎 智久

授賞対象研究

多彩な機械学習アプローチによる地震・強震動・地殻変動解析

授賞理由

受賞者は、自然科学への応用研究が急速に進展している機械学習を、応力場解析・地震動予測・地殻変動モデリングなどの地震学諸分野に先駆的に取り入れ、新たな解析手法を開拓してきた。特に、データ駆動型アプローチ(機械学習)とモデル駆動型アプローチ(物理モデル)を相補的に融合した高効率・高精度なデータ解析手法の研究に焦点をあて、強震動物理学への最適輸送理論の応用、地震テクトニクス研究へのベイズ推論の応用、地殻変動解析への物理深層学習の応用など、様々な課題で顕著な成果を挙げている。

受賞者の研究は、個々の地震学的な知見に加え、幅広く応用可能な一般的方法論を構築する点に特徴がある。地震動予測の課題においては、地震波形の類似度評価に最適輸送理論を導入することで、観測・計算波形に整合的な予測を実現した。CMTデータを用いた応力場の時間変化逆解析においては、従来のベイズ逆解析では計算量的に困難であった高次元解析を実現するため、ガウス過程を逆問題に利用するための理論的定式化を実施した。これは、一般の地球物理学データに対して高次元モデルの逆解析の実現につながる成果である。

また、Physics Machine Learning(物理法則を組み込んだ深層学習)の代表的手法であるPhysics-Informed Neural Network(PINN)を、世界に先駆けて地殻変動解析に導入し、震源断層を対象とすることに伴う技術的困難を解決して高精度解析を実現した。その結果から断層形状に対する変位場の不変性を見出し、理論展開を行い、より高効率な解析に成功している。同手法は複雑な地殻構造・断層運動を解析でき、種々の観測データを容易に同化できることから、地震時変動からサイクル計算に至るまで、モデリング手法を革新する可能性を持つ。直近では深層作用素学習を用いた測地データ逆解析にも取り組んでおり、地震学におけるPhysics Machine Learningを牽引するとともに、応用数学・計算力学・情報科学の他分野において複数の招待講演を行うなど、他分野からも強い関心を持たれている。

以上の理由により、 受賞者の優れた業績と高い研究能力を認め、 その将来の活躍も期待し、 日本地震学会若手学術奨励賞を授賞する。

受賞者:西川 友章

授賞対象研究

沈み込み帯における地震とスロー地震の活動に関する統計地震学的研究

授賞理由

様々な地震活動の発生メカニズムを理解し、その地震活動の推移を予測することは地震学における最も重要なテーマの一つである。受賞者は、主に沈み込み帯で発生する地震について、地震・測地データの高度な分析によって、以下のように国際的に注目される顕著な成果をあげてきた。

受賞者の初期の顕著な業績として、世界各地の沈み込み帯における地震の規模別頻度分布(グーテンベルグ・リヒター則のb値)が、主に沈み込むプレートの年齢に依存することを初めて明らかにした研究が挙げられる。この依存性の原因は、沈み込むプレートの浮力の違いと解釈され、各沈み込み帯でのテクトニクス環境と地震活動の隠れたつながりを明らかにする画期的な成果である。

さらに、受賞者は、日本海溝周辺のスロー地震活動の解明にも大きく貢献している。陸海域地震・測地観測網のデータ解析と統計地震学的解析により、スロー地震と関連地震現象の時間・空間分布を明らかにした。スロー地震は超巨大地震の大すべり領域を挟みこむように発生しており、同地震の破壊がスロー地震域で停止したことを示している。この発見は、超巨大地震の破壊の停止に関する極めて重要な観測事実であり、同成果はScience誌に掲載され、世界的に注目された。これらの研究遂行過程で得た知見をもとに、受賞者は日本海溝沿いのスロー地震活動に関して広範なレビューも行っている。これはスロー地震一般のレビュー文献としても、質量ともに現在世界最高レベルのものである。

さらに、受賞者は測地帯域の事象も含めた地震活動の総合的理解に取り組んでいる。統計地震学の世界標準モデルであるETASモデルにスロー地震の効果を組み込む試みを世界に先駆け行い、地震活動の予測精度の向上に貢献している。実際にこの試みは、ニュージーランド・ヒクランギ沈み込み帯の地震・スロー地震活動のモデル化に有効であり、今後の更なる発展が期待される。

このように受賞者は、強固な数学物理学的基礎と卓越した着眼点により、これまでインパクトの強い研究成果を次々に公表している。また、国内に限らず広く海外の事象にも目を向けており、地震現象の理解にとどまらず、将来の地震活動予測へつなげる意欲も高く、地震学の次世代リーダーとして期待される人材である。

以上の理由により、受賞者の優れた業績と高い研究能力を認め、その将来の活躍も期待し、日本地震学会若手学術奨励賞を授賞する。

受賞者:王 宇晨(Wang Yuchen)

授賞対象研究

海域観測網を活用した津波予測手法の開発と実践

授賞理由

巨大地震や海底地すべり等、さまざまな要因によって引き起こされる津波を高精度かつ迅速に推定することは、防災・減災の観点から重要である。受賞者は、DONETおよびS-netをはじめとする沖合海底観測網データを活用した津波早期警報に関する研究、特に観測データと津波シミュレーションのデータ同化アルゴリズムの開発により、迅速かつ精緻な津波予測を実現するなど、顕著な業績をあげてきた。

現状、気象庁を含む国際的に運用されている津波警報は、地震の揺れの観測から緊急に推定された波源情報に基づくものであり、波源情報が津波予測の精度に大きな影響を及ぼす。また、揺れを伴わない、海底噴火などによる津波には対応できないという課題がある。

受賞者は、観測データと津波シミュレーションのデータ同化アルゴリズムの開発と高度化によってこうした課題を解決してきた。例えば最適内挿法を用いたデータ同化において、観測点と予測点間の津波波形を予め計算してグリーン関数として用いるGreen's Function-Based Tsunami Data Assimilation(GFTDA)の開発は、データ同化を高速化し、リアルタイムに活用する観点で重要な成果であるだけでなく、長周期地震動のリアルタイム予測にも活用されるなど、その波及効果は大きい。

また、2022年1月に発生したフンガ・トンガの大規模噴火に伴う大気波動で励起された気象津波に対して沖合観測網やHFレーダーを用いたデータ同化手法を適用し、津波検知やその予測において、S-netをはじめとする沖合観測網は極めて有効な手段である一方、入り組んだ湾地形に沿岸においてはHFレーダーが予測精度向上に有効であることを明らかにした。また、AIを活用した沿岸津波予測の新手法開発を行い、その到達点と課題を明示するなど、先駆的かつ多様な研究を実施している。

さらに受賞者は、定量的な津波警報解除基準の設定に向けた研究など、津波現象の理解と解析にとどまらず、災害情報創生に資する幅広い研究を主体的に実施しており、その津波防災への貢献は大きい。

以上の理由により、受賞者の優れた業績と高い研究能力を認め、その将来の活躍も期待し、 日本地震学会若手学術奨励賞を授賞する。

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