著者名:纐纈 一起
掲載誌名等:地震第2輯 (2022), 75,57−81
DOI:10.4294/zisin.2021-16
本論文は、著者が執筆して2018年に出版された書籍「地震動の物理学」における重要な論点(勘所)を著者が選定し、自ら導出した数式展開に基づき議論した成果である。原稿の種類は「解説」となっているが、既知の結果だけでなく、独自の新しい結果も示されている。
本論文の優れた学術的貢献として、以下の四つが挙げられる。一つ目は、5節の点震源による地震動において、近地項・中間項・遠地項の各々の距離減衰と放射特性を明示した点である。地震動の近地項の変位のみならず速度の距離減衰に言及した論文は皆無であり、本論文による具体的な結果は大変有用である。二つ目は、2節の因果律を満たす減衰を周波数領域で考慮するにあたり、Aki and Richards(2002)やAzimi et al.(1968)の前提となる式の導出に成功している点である。既往文献で曖昧であった減衰の波形に対して、計算例を示しつつ因果的な減衰の本質が追求されている。三つ目は、4節の点力源の地震動の解を得るにあたり、Love(1906)が端折っている式の行間を埋めることに成功した点である。点力源のポテンシャル、それに対する変位ポテンシャルとその球面積分の実行と順を追った導出過程の厳密で詳細な明示は、本論文が初出であり新規性が高い。四つ目は、6節の波数積分において、Helmberger(1968)によるgeneralized ray theoryの定式化とその必要条件の導出に成功した点である。この過程において、Schwartzの鏡像原理の成立に関して未解決の証明が残っていることが明らかにされた。
著者が本論文に先駆けて執筆した書籍「地震動の物理学」は、東京大学で長年開講された地震波動論Ⅱの講義をもとに、大変な時間と労力を要して完成されたものである。この書籍は、学生など若手の教育に活用され、地震学の底上げに貢献している(英語での書籍 "Ground Motion Seismology" も出版されており、その効果は日本だけにとどまらない)。本論文は、この書籍を補足・拡張する形で、地震学の教科書や論文で導出過程が記されていない重要な論点に対し、数学・物理学的な証明を解説したものである。著者による徹底して原典にまで遡る既往文献の調査、厳密な数式展開、結果の慎重な検証と解釈は、理論的な研究を進める上で模範となるものであろう。このように本論文は、地震学の理解を深めるとともに、今後の研究のヒントを埋め込んだもので、学生・初修者から専門の研究者まで幅広い層に役立ち、その効用は今後永く続くものと期待される。
以上の理由により、本論文を2024年度日本地震学会論文賞受賞論文とする。
著者名:Yu Morishita, Ryu Sugimoto, Ryosuke Nakamura, Chiaki Tsutsumi, Ryo Natsuaki, Masanobu Shimada
掲載誌名等:Progress in Earth and Planetary Science (2023), 10:66
DOI:10.1186/s40645-023-00597-5
干渉SARは地表の変位を高分解能で解析できる技術である。地震学においては、地震時の広域かつ詳細な変位分布や地表地震断層の位置の特定を可能にし、地震のメカニズム解明にとって重要な情報をもたらす。また、干渉SAR時系列解析は数mm/yr程度のゆっくりとした変位を検出できる技術であり、余効変動や地震間の地殻変動の解析が試みられ、そのメカニズム解明に貢献している。
2010年代前半までは、データポリシーや解析技術などの制約により、干渉SAR時系列解析が利用できる機会は限られていたが、2014年に登場したオープンフリーかつ高頻度観測のSAR衛星Sentinel-1により、全世界で網羅的に時系列解析が可能となった。また、2006-2011年に運用された国産のSAR衛星ALOSのデータを解析した干渉プロダクトやLiCSBASという時系列解析ソフトウェアが、筆者らによりオープンフリーで公開され、長期間の地表変動を誰もが容易に導出することができる環境が整ってきた。
本論文では、ALOS及びSentinel-1データの干渉SAR時系列解析により、2006-2020年の日本の主要都市域における地表面変位を解析し、15年間の推移を議論した。本論文の地震学分野における主な貢献としては、以下の点が挙げられる。長野市松代では、1965-1970年に発生した松代群発地震の震源域の一部で局所的な沈降が現在でも継続し、加速していることを明らかにした。また、2007年新潟県中越沖地震に伴い、震源から20km以上離れた新潟県柏崎市で、副次的地表断層による変位と、それに沿った余効変動を初めて検出した。有馬高槻断層帯では、断層に沿った微小な変位が検出され、時間とともに空間パターンが変化していることが確認された。本論文は、オープンフリーのデータ及びソフトウェアのみを用いた干渉SAR時系列解析により、長期間にわたる時空間的に詳細かつ網羅的な変位の把握が可能なことを示した。さらに、筆頭著者である森下氏が開発したLiCSBASは、世界中で多くのユーザーが利用しており、干渉SAR時系列解析の代表的なツールの一つとなっていることも特筆すべき点である。
先頃、国産SAR衛星の後継機であるALOS-4の打ち上げが成功したほか、今後も海外においてSAR衛星の打ち上げが予定されている。今後、より豊富なSARデータが利用可能になることが見込まれ、干渉SARが地震に関連する諸現象の解明にさらなる貢献をすると期待される。本論文に示された多くの解析結果は、高頻度SAR観測時代の先駆けとなる研究成果と言える。
以上の理由から、本論文を2024年度日本地震学会論文賞受賞論文とする。
著者名:Yasuyuki Nakamura, Shuichi Kodaira, Gou Fujie, Mikiya Yamashita, Koichiro Obana, Seiichi Miura
掲載誌名等:Progress in Earth and Planetary Science (2023), 10:45
DOI:10.1186//s40645-023-00579-7
沈み込み帯に持ち込まれる構造(インプット構造)は、沈み込み帯での地震関連現象の発生と密接に関係していると考えられている。本論文は、日本海溝全域にわたって取得された100本以上の高分解能反射断面を元に、インプット構造の特徴と東北地震やゆっくり地震との対応を報告したものである。
筆者らは、大量の反射断面を丁寧に解釈することで、沈み込む直前の太平洋プレート上に溜まった堆積層の厚さやアウターライズ域で発達する折れ曲がり正断層の分布等をマッピングした。これら反射断面からの観察事実と東北地震の浅部大滑り域やゆっくり地震活動域とには以下に述べるような対応が見られることを示した。
まず、東北地震の浅部大滑り域に沈み込む堆積層の厚さは350mより薄く、これまでに提唱されている沈み込み帯超巨大地震は厚い堆積層(1km以上)が沈み込む場所で発生しているという説に当てはまらないことを明確にした。また、ゆっくり地震が発生している場所には、比較的厚い堆積層が沈み込む場所に加え、プチスポット領域や海洋地殻に小規模ながらも明瞭な起伏が見られる場所も対応していることも示された。厚い堆積層が沈み込むことで流体に富む堆積物が多く沈み込み帯に持ち込まれゆっくり地震が起こりやすい条件となっている可能性を示すとともに、水平方向の数km程度のスケールのものであっても小規模なゆっくり地震のクラスターに関係している可能性を示し、ゆっくり地震発生のメカニズムを解明するために重要な情報をもたらしている。加えて、アウターライズ域での正断層の発達過程を検討する際に、海底地形のみを用いて断層の活動度を見積もると、地溝充填堆積物の存在が無視されることによって、断層の比高が過少評価されていることも具体的に示した。日本海溝アウターライズ域ではアウターライズ地震の発生が危惧されており、アウターライズ地震断層の評価を正しく行う上で重要な問題提起となっている。
本論文は、他に類を見ない稠密な構造探査データを用いて、沈み込み帯へのインプット構造が持つさまざまなスケールの地下構造が沈み込み帯で発生する地震現象に関係していることを示している。アウターライズ地震を含めて日本海溝周辺で発生する地震に関する研究を進めるうえで欠くことのできない重要な知見をもたらした。
以上の理由から、本論文を2024年度地震学会論文賞受賞論文とする。