関西地震観測研究協議会[The Committee of Earthquake Observation and Research in the Kansai Area](以下、関震協[CEORKA])は1991年12月に発足した任意団体であり、関西地域における組織的な強震観測体制の絶対的な不足を憂えた産官学の有志が、京都大学土岐教授(座長:当時)と大阪土質試験所岩崎所長(事務局・地震観測担当)の呼びかけに集い、会費負担に応じてその核となった。
京都大学入倉教授(地震記録分科会主査、現座長)を中心とした地震観測システム選定や設置交渉・工事を経て、独自の10地点および観測依託1地点において1994年4月より観測を開始した。強震観測システムは速度サーボ型強震計とディジタル収録器を組み合わせ、広周波数帯域および広動帯域の地震観測に適するようにした。また、電話回線を利用した事務局における自動観測およびポケット・ベルを用いた震源位置・規模・最大速度・計測震度情報の伝達など、地震直後の準即時的な情報伝達を狙った自動観測ソフトを運用した。
図-1 関震協の強震観測点
平成7年兵庫県南部地震は早朝に発生したが、関震協の自動観測システムは良好に動作し、発生から約30分後には尼崎で測定限界(40cm/s)を越えていることをポケット・ベルの情報で把握することができた。関震協事務局では、兵庫県南部地震発生直後から震源域での強震記録の収集に努め、電話が不通となった神戸市域の記録は現地に赴いて回収した。
関震協ではこれらの観測波形情報を速やかに公表し[Toki et al.(1995)]、国内・海外の研究者にはデジタル・データを配布した。一部記録は振り切れ、また地震当日の混乱で1地点のディジタル・データが遺失したが、可能な限り記録の再現に努めた[Kagawa et al.(1996),年縄・他(1997)]。
平成7年兵庫県南部地震以後、関震協の事業により多くの賛同が寄せられ大幅に会員数が増えた。このため、以下に示す観測点の増強と情報発信の充実が図られた。
1)独自観測点20点(図-1の四角印)、依託観測点4点(同三角印)の計24点を運営している。中央観測局(事務局)と観測点間の通信は、可能な限りINS64回線でおこなうこととした。
2)最大測定範囲を200cm/sとし、同時に最大5cm/sの出力を2系統記録することにより16ビットの収録装置で120dB以上の分解能を得ている。地震計にはオートバランス回路を組み込み、自動的にゼロ調整をする様にした。また、NHKラジオによる時報校正からGPS衛星による毎秒校正に改め、時計の精度を向上した。
3)ポケット・ベルだけではなく、電子メール(図-2)・FAXによる会員への情報発信機能を追加した。
これらに加えて、会員外への情報発信としてWebサーバーを準備しており(図-3)、最大速度と計測震度の情報をリアルタイムに更新して外部に発信することを計画している。また、平成7年兵庫県南部地震を契機として充実した自治体や民間企業の強震観測点の情報との有機的な連携を模索している。
図-2 電子メール情報の例
図-3 構築中のホームページ
Kagawa, T., K. Irikura, and I. Yokoi, Restoring clipped records of nearfield strong ground motion during the 1995 Hyogo-ken nanbu(Kobe), Japan, Earthquake, J. Natural Disaster Science, 18, 1996.
Kagawa, T., T. Akazawa, Y. T. Iwasaki, K. Irikura and K. Toki, Contribution of CEORKA to obtain the strong motion records of the 1995 Hyogoken-nambu Earthquake, ESG '98 Symposium, 387-392, 1998.
K. Toki, K. Irikura and T. Kagawa, Strong Motion Records in the Source Area of the Hyogo-Ken-Nanbu Earthquake, January 17, 1995, Japan, J. Natural Disaster Science, 16, 23-30, 1995.
年縄 巧,赤澤 隆士,香川 敬生,1995年兵庫県南部地震の際大阪府豊中市で観測された強震記録の復元,地震,50,337-340,1997.