社団法人日本地震学会理事会
日本地震学会論文賞および若手学術奨励賞の受賞者選考結果について報告します。
2010年1月31日に応募を締切ったところ、論文賞9篇、若手学術奨励賞3名の推薦がありました。理事会において両賞の選考委員会を組織し、厳正なる審査の結果、2010年4月23日の第1回理事会において、下記のとおり論文賞2篇、若手学術奨励賞3名を決定しました。なお、授賞式は、日本地球惑星科学連合2010年大会時に開催予定の通常総会(5月24日(月))に合わせて行います。
Change of strain rate and seismicity in the Chubu district, central Japan, associated with a Tokai slow event, Tomokazu Kobayashi and Manabu Hashimoto Earth Planets Space, 59, 351-361, 2007
2000年にはじまった東海スロースリップが震源近傍の微小地震活動に影響を与えたことは既に報告されているが、周辺地域での地震活動度との関連は明らかでなかった。本論文は、東海スロースリップと周辺地域の微小地震活動との関連性を定量的に議論し、スロースリップが広域の微小地震活動に影響を与えたことを明らかにしたものである。
著者らはまず、1997年から2004年までのGEONETの時系列データを解析し、東海スロースリップ開始前、2001年~2002年、2003年~2004年8月の3つの期間で地殻変動のパターンが異なることを見出し、これらの3つの期間に分けて、中部地方から近畿地方の歪速度の空間分布を求めた。その結果、スロースリップの開始後に中部地方南部で歪速度の顕著な絶対値の減少が生じていることを確認した。次に、確認された歪速度の変化を用いてインバージョン解析をおこない、東海スロースリップのすべり分布を求めた。
一方、東海スロースリップによる応力変化が及んだ可能性がある地域の微小地震活動を調査したところ、2000年を境に養老断層帯周辺で地震活動が低下していることが明らかとなった。さらに、スロースリップから計算されるΔCFFの分布と比較すると養老断層帯はΔCFFが負の領域となり、地震活動の低下と調和的な結果となった。
このように、本論文は、観測された歪速度の時間変化が東海スロースリップによるものであることを改めて確認したうえで、プレート境界面上のスロースリップが島弧内陸に至る地域まで歪速度や微小地震活動に影響を与えていることを示し、微小地震活動の時間推移を考える上で新たな視点を与えたという意味で大きな意義がある。この成果は著者の丹念な解析能力によって可能になった。以上の理由から本論文を平成21年度の地震学会論文賞とする。
Spatiotemporal distribution of very-low frequency earthquakes in Tokachi-oki near the junction of the Kuril and Japan trenches revealed by using array signal processing, Youichi Asano, Kazushige Obara, and Yoshihiro Ito, Earth Planets Space, 60, 871-875, 2008.
本論文は、防災科学技術研究所が管理・運用する高感度地震観測網 Hi-netに併設された高感度加速度計の記録から超低周波地震を自動的に検出する手法を提案するとともに、十勝沖の千島海溝-日本海溝会合部付近において超低周波地震が頻繁に発生していることを初めて明らかにしたものである。
周期10秒以上の長周期成分が卓越する超低周波地震については、西南日本の南海トラフに沿って発生するものが知られてきたが、日本全国を対象として系統的かつ即時的にその時空間分布を調べる研究はなかった。そこで著者らは、以下に述べるような効率的なアレイ解析法を開発した。まず、全国約700箇所の観測点から110個のアレイを構成し、それぞれについてコヒーレントな地震波の検出とその到来方向の推定を行った。その到来方向をもっともよく説明する震央をグリッドサーチと最急降下法によって準リアルタイムで自動的に決定する手法を開発した。
著者らはこの解析手法によって過去約5年間にわたる記録の解析を実現し、従来よく指摘されていた西南日本の南海トラフのみならず、十勝沖の千島海溝-日本海溝会合部付近においても、超低周波地震が繰り返し発生してきたことを初めて明らかにした。十勝沖の活動は2003年十勝沖地震の発生直後に活発化している。この原因として、著者らは超低周波地震活動の推移が、この活動域に近接して発生した2003年十勝沖地震の地震時すべりや、その後につづく余効すべりによって引き起こされたものと解釈した。この結果は、超低周波地震活動の解析を通じてプレート境界の固着状態をモニタリングしうる可能性を示すものであり、その意義は大きい。
このように本論文は、多量のデータの中に埋もれた超低周波地震を系統的・自動的にモニターする手法を開発し、その結果として新たに十勝沖の活動域を発見したこと、またその活動の理解によって地殻活動モニタリングの高度化に貢献している。以上の理由から本論文を平成21年度日本地震学会論文賞とする。
マルチスケール性を考慮した地震破壊の理論および地質データ解析に基づいた研究
授賞者は、これまで数値計算及びデータ解析に基づく震源物理に関する幅広い研究を行ってきた。その特徴は、断層の空間的・時間的マルチスケール性に注目した地震発生過程の理論的モデル化と、それに基礎を置いた活断層のデータ解析であり、これらは断層の複雑さを明確に考慮した先進的な研究であるとともに、その独自の視点に基づき大きな成果を上げてきた。また、数値計算手法のみならずデータ解析手法を新たに開発するなど、きわめて独創性の高い研究者である。授賞対象となる重要な業績は以下の2つである。
(1)マルチスケール性に注目した地震発生過程のモデル化
動的断層成長過程のモデル化において、従来無視されていたメゾスコピックスケールの断層帯構造を考慮したことが、本研究の大きな特徴であり、これが巨視的な破壊過程に大きな影響を与えることを理論的に示し、このような階層構造が、地震波の解析から推定される巨視的摩擦法則の物理的実態であることを明らかにした。これは複雑断層系の動的破壊モデル化における先駆的研究である。この研究は、摩擦構成則のスケーリングに関しても重要な示唆を与えており、室内実験での破壊エネルギーと自然地震のそれとは何桁も異なるという古典的問題を解決する可能性を示した。
(2)活断層データ解析手法の開発と応用
これまで定性的理解に限られていた活断層の複雑な幾何学的特徴を、定量的にかつ客観的に解析する手法を開発し、現実の活断層データに応用した。その結果、様々なスケールの分岐断層のほとんどは、非対称の片割れ型であり、特徴的角度(±17°)があることを見出した。この結果は、大量のデータから客観的基準に基づいてモデルパラメータを推定するという手法を活断層データに適応することで、初めて得られたものであり、未知変数の多い、非平面断層を考慮した断層破壊シミュレーションのための重要な拘束条件を与える。
以上のように、候補者の独自の視点による研究成果は、この分野にインパクトを与えるものであるとともに、地質学などとの境界領域の開拓を通じて地震学の対象領域を広げることに大きく貢献したものである。
以上の理由から、候補者の優れた業績を認め、その将来性を期待し、日本地震学会若手奨励賞を授賞する。
小繰り返し地震を用いたプレート境界地震の発生機構の研究
授賞者は、周囲の準静的滑りにより応力集中した小アスペリティの破壊現象と考えられる小繰り返し地震に着目し、20年以上に渡る東北大学等の膨大な地震波形データの系統的な解析により、北海道から関東におけるプレート境界地震の発生機構について、重要かつ新しい知見を示した。
具体的には、プレート境界の準静的滑りは大地震のアスペリティの外側で顕著であり、深部では定常的、浅部では間欠的であること、M6程度の地震でも余効滑りを伴うこと、いくつかの大地震の発生前には準静的滑りが加速し、このような周囲の準静的滑りが地震発生を促進させる可能性を示すことなど、準静的滑りと地震発生に関する様々な重要な観測事実を見出した。
また、釜石沖の固有地震とその近傍の微小地震の断層サイズや応力降下量等の丹念な解析から、アスペリティの内部で地震間に準静的滑りが生じていることをアスペリティの階層構造を観測事実から指摘した。さらに、関東沖のプレート三重会合点付近の小繰り返し地震解析に基づき、プレート間の固着が下盤ではなく上盤プレートで規定され、その原因に上盤プレートの蛇紋岩化が関係している可能性を指摘した。
研究は、以上の小繰り返し地震そのものにとどまらず、これらの地震波形に見出した変換波を利用し、関東下に沈み込むフィリピン海プレートの形状や太平洋プレートとの相互作用を明らかにするとともに、三陸沿岸の太平洋プレート直上における底付け作用を示唆する地震活動の存在を初めて示すことにも成功している。これらの研究は小繰り返し地震を用いた新たな解析法であり、今後、地殻・マントル等の地下構造の高精度推定に幅広く活用されることが期待される。
受賞者の業績として特筆すべきは、膨大な観測データから小繰り返し地震の適切な評価・抽出手法を確立し、その時空間的特徴を丹念に解析して本質的に重要な事象を的確に捉えたことである。そして、研究成果を確実且つ精力的に国際誌等に発表し続けることにより、この小繰り返し地震を用いた研究分野を確立しただけでなく、準リアルタイムでの自動モニタリングシステム、発生予測システムを開発するなど、研究成果の更なる利活用にも精力的な努力を継続していることにある。以上の結果は、プレート境界における固着とすべり、アスペリティとその周囲との相互作用のメカニズムを解明する上で大変重要であり、今後の地震学研究、特にプレート境界地震発生予測に向けた研究に大きく貢献することが期待される。
以上の理由から、候補者の優れた業績を認め、その将来性を期待し、日本地震学会若手奨励賞を授賞する。
広帯域地震動予測における震源モデル化の研究
受賞者は、様々な大地震震源域近傍の観測記録に基づく強震動研究を積極的に進め、成果のひとつとして、広帯域地震動予測のための、アスペリティと背景領域からなる特性化震源モデルを提唱した。これは、強震動予測レシピの根幹を形成するものであり、地震防災に大きな貢献を果たすものである。受賞者の重要な業績は以下の2つにまとめられる。
(1)内陸地殻内地震の強震動に関する研究
破壊指向性パルス再現に必要な強震動生成領域が、長周期地震波を用いた波形インバージョンから推定されたアスペリティに一致すること、そして広帯域強震動予測のためには、短周期成分を支配するすべり速度の大きな強震動生成領域と、その周辺のすべり速度の小さい背景領域からなる特性化震源モデルが有効であることを明らかにした。これは周期0.1~1秒の短周期地震波と1~10秒の長周期地震波が断層面の同じ領域から生成されるか否かを判断する、震源過程における重要な課題でもあり、結果は強震動研究分野に留まらず、震源物理、破壊力学そして地震防災に向けた地震学とその周辺分野に大きなインパクトを与えるものである。さらに、受賞者は強震動シミュレーション、波形インバージョン、地盤震動などを扱った多くの研究を行っており、例えば、2005年福岡県西方沖地震や2007年中越沖地震などで大きな被害を及ぼした極大地震動の成因を明らかにした。
(2)海溝型地震の研究
2004年紀伊半島南東沖地震の長周期地震動の強度の面的分布が地震基盤の深さと良い相関にあることを示すとともに、想定東海地震の特性化震源モデルや関東地震の疑似動的震源モデルの構築、広帯域地震動予測のほか、これらの研究成果を統合して、地震調査委員会公表の長周期地震動予測地図2009年試作版作成にも貢献した。
受賞者は、自らの研究に基づいて構築した、前述の特性化震源モデルの提唱にとどまらず、強震動の特徴を震源理論の観点から解釈して震源モデルの深化に継続して取り組んでいる。震源過程論・震源物理学の深い理解に基づく今強震動予測の研究姿勢は、経験法則や実用性重視の強震動地震学の、真の予測科学への進化に大きく貢献するものである。
以上の理由から、候補者の優れた業績を認め、その将来性を期待し、日本地震学会若手奨励賞を授賞する。