公益社団法人日本地震学会理事会
日本地震学会論文賞および若手学術奨励賞の受賞者選考結果について報告します。
2014年1月31日に応募を締切ったところ、論文賞9篇、若手学術奨励賞4名の推薦がありました。理事会において両賞の選考委員会を組織し、厳正なる審査の結果、2014年3月19日の第7回日本地震学会理事会において、下記のとおり論文賞3篇、若手学術奨励賞3名を決定しました。なお、授賞式は、日本地球惑星科学連合2014年大会時に開催予定の定時社員総会に合わせて行います。
著者:Mako Ohzono, Yasuo Yabe, Takeshi Iinuma, Yusaku Ohta, Satoshi Miura, Kenji Tachibana, Toshiya Sato, and Tomotsugu Demachi
掲載誌:Earth Planets Space, Vol. 64 (No. 12), pp. 1231-1238, 2012
著者達は東北日本に展開されている国土地理院、東北大学他のGNSS連続観測点のデータを用いて、1997-2001年の地震間速度場と、2011年東北地方太平洋沖地震に伴う地震時変位場を求めた。それぞれを、既存の固着分布と断層モデルを用いて、半無限弾性体を仮定して計算されたものと比較し、観測された地震間および地震時歪の異常(計算値からのずれ)を地球物理学的に議論した。著者達は地震間の速度場で歪集中が見られる二つの地域、すなわち奥羽脊梁山脈と新潟神戸造構帯に注目し、地震時の歪は前者では逆に小さく(地震時の東西伸張が周囲に比べて小さい)、後者では大きいことを見出した。
一般的に、地震間の歪集中の原因として、単純なマクスウェル物質を仮定すると(1)浅部の剛性が小さい(同じ応力に対して歪が大きい)、(2)深部の粘性が小さい(流動による歪が大きい)、の二つが考えられ、その区別は簡単ではない。しかし地震時の応答では、(1)では地震時歪も地震間と同様に大きいが、(2)では深部の流動による応力蓄積不足のため却って地震時歪が小さい、という違いが生じることが予想される。著者達はこの事に注目し、奥羽脊梁山脈については(2)が、また新潟神戸造構帯では(1)が地震間の歪集中の主な原因であることを示唆した。
本研究には詰めが甘い点が多々ある。例えば奥羽脊梁山脈でも南北での違いを論じた後半の箇所はやや説得力に欠ける。また解釈のuniqueness にも多少の疑問がある(例えば歪異常を固着や地震時すべりの空間分布を調整することでは説明できないことを示す必要がある)。しかし、主著者がこれから伸びる若手研究者であること、論文の内容のインパクトが大きいこと(例えば、従来疑うことなく均一な半無限弾性体を仮定してきた多くの研究者は、今後その妥当性を疑う必要が生じる)、の二点から本論文は受賞に値する内容を持つと判断した。
以上の理由から、本論文を平成25年度日本地震学会論文賞とする。
著者:高岡 宏之,津村 紀子,高橋 福助,野崎 謙治,加藤 愛太郎,飯高 隆,岩崎 貴哉, 酒井 慎一,平田 直,生田 領野,國友 孝洋,吉田 康弘,勝俣 啓,山岡 耕春, 渡辺 俊樹,山崎 文人,大久保 慎人,鈴木 貞臣
掲載誌:地震 第2輯,第65巻,第2号,175-189,2012
東海地域では、2001年から2005年にかけて、浜名湖下のプレート境界で長期的スロースリップイベントが発生している。構造探査や地震波トモグラフィなどの先行研究により、このイベントの発生には海山の沈み込みに伴うプレート境界近傍の高圧流体が関与している可能性が指摘されている。このように東海地域では地震学的に構造が精度よく決定されているが、本論文では、新たな情報として3次元Q構造を提示し、先行研究との比較検討を行いながら、この流体の存在に関する詳細な考察を行っている。
Q構造はインバージョンにより推定されているが、インバージョンの2段階化、地震の選定、各観測点での波形スペクトルのピークの比較、ブロック位置依存性の検証、チェッカーボードテスト、Q値の再現テストなど、1つ1つの手順に工夫が凝らされ、解析が丹念に行われており、結果の解釈も慎重になされている。
インバージョンの結果、長期的スロースリップイベントのすべり領域の直上のマントル内に高Q領域が、直下の海洋地殻内に低Q領域が存在することを見出した。これらは、それぞれ、高速度かつ非地震性領域と、低速度かつ高Vp/Vsの領域とほぼ一致することを指摘した。これらのことから、高Q領域がキャップロックであるという斬新なアイデアを提案し、それが流体の流れを塞いだことにより、高圧流体が生じたと推察した。さらに、キャップロックの生成過程にまで踏み込み、砂山モデルとの比較から、海山が沈み込んでより硬く重い島弧地殻に達した結果、その下部地殻によって海山上部をキャップする形になった、と結論づけた。
浅部の解析結果からは、笹山構造線を境に西部で相対的に高Q、東部で低Qであることを見出し、これらが岩石年代の違いと対応していることを示した。また、中央構造線に沿った領域のQ値がその両側のQ値より低くなる傾向を見出し、これが断層近傍の破砕による可能性を指摘した。
本論文では、東海地域における長期的スロースリップイベントならびに地表断層と、Q値に基づく物性に関する議論を大きく前進させており、極めて重要な成果をもたらした。このような検討を他の地域でも実施し、解析事例を増やすことで、スロースリップイベントの発生メカニズムや地表断層の形成過程についての理解が深まっていくことが大いに期待される。
以上の理由から、本論文は平成25年度日本地震学会論文賞とする。
著者:佐鯉 央教, 松山 輝雄, 平山 達也, 山﨑 一郎, 山本 剛靖, 一柳 昌義, 高橋 浩晃
掲載誌:地震 第2輯,第65巻,第2号,151-161,2012
十勝沖から北海道東方沖にかけては、今後30年以内に海溝型巨大地震が発生する可能性の高い地域とされる。本論文は、釧路沖において、平均繰り返し間隔6.2年、平均M4.9の中規模繰り返し地震を新たに発見した。この発見には、気象庁と北海道大学のデジタルデータの併用に加え、マイクロフィルムのアナログデータを丁寧に調べあげ活用したことが極めて大きい。本論文は、共通の観測点を用いた震源再決定により1954年以降の地震の震源が誤差範囲内でほぼ同じ場所に位置すること、特徴的な相の時間差などの比較から地震波形が相似性をもつことを明らかにすることで、1954年の活動まで遡ることが可能な固有的地震であることを立証した。
本論文の成果により、1952年十勝沖地震発生後から長期的な視野で中規模繰り返し地震と巨大地震との関連性が議論可能になったことは特筆すべきである。本論文は、1954年以降の10回にわたる地震の繰り返しについて各地震のマグニチュードを推定し、この期間のすべり量を算出することに成功した。また、2003年十勝沖地震、2004年釧路沖地震の発生に関係すると思われる繰り返し間隔の短縮をみつけだし、地震の繰り返しに揺らぎがあることを発見した。このような長期間にわたる中規模地震の繰り返しと、巨大地震に関係するその揺らぎは、海溝型巨大地震サイクルにおける固着域内外での応力の蓄積や地震の連動性を解明する上で、重要なデータとなる可能性がある。
本論文において既に調査が実施されてきた領域で新たに中規模繰り返し地震を発見できたことは、釧路沖に限らず、デジタルデータのみで解析が行われてきた日本周辺の他の領域においても、未発見の中規模繰り返し地震が依然として埋もれている可能性を示唆する。この点でも、アナログデータを含めた過去のデータを丹念に掘り起こした本論文の内容は高く評価できる。同時に、本研究における成果は、長期間にわたる地震の繰り返しの知見を取得するために古いアナログデータがもつ情報の重要性とそれらデータの保存の必要性を改めて示すものである。
以上の理由から、本論文は平成25年度日本地震学会論文賞とする。
地震の初期破壊過程解析と破壊成長過程のスケーリング研究
受賞者は、自ら開発した波形解析手法と卓越したデータ処理技術を駆使して、地震の初期破壊過程と破壊成長過程のスケーリング研究に新たな知見を加えることに成功した。その主たる業績は以下の通りである。
(1)マルチスケール断層すべり解析による初期破壊過程の解明
従来の断層すべりインバージョン法では、主破壊域の解明に主眼が置かれており、振幅の小さい初期フェイズを説明するためにはすべり分布の時空間分解能が不十分であった。また、単に異なるスケールの地震波形を抽出し、それぞれのスケールで独立に求められたすべり分布は互いに調和的ではなかった。受賞者は、初期破壊から主破壊までのすべりの一貫性に注目し、異なるスケールのすべり速度関数を相互に関連させ、それぞれの時空間スケールにおける地震波形記録をデータとする観測方程式を同時に解くことによって、破壊の始まりから終わりまでの全過程を十分な分解能で推定する方法を開発した。その手法を用いて、2004年新潟県中越地震、2004年米国パークフィールド地震、2011年東北地方太平洋沖地震の震源過程を解析し、いずれの地震でも初期破壊が高速であり、破壊の全過程は自己相似的であることを示した。この結果は、断層における地震すべりの本質を理解する上で非常に興味深い。
(2)米国パークフィールドにおける破壊成長過程スケーリング則の発見
パークフィールド地域における様々な規模の地震について、以下のような複雑な破壊成長過程スケーリング則を明らかにした。第一に、Mw6未満の地震ではモーメントレート関数の時間変化は相似であり、破壊過程の前半では累積モーメント関数は時間の三乗に比例する。受賞者は、これを地震の破壊すべりは最終規模によらず自己相似的なプロセスをたどり、何かの拍子で破壊すべりが減速して終息に至ると解釈した。第二に、Mw6.0の地震も、最初の1秒までは累積モーメント関数は他の微小地震、小地震同様に時間の三乗に比例して変化するが、その後は時間に比例する変化に変わる。この1秒は破壊伝播の先端が地震発生層の限界に達した時間に相当し、自己相似的成長過程も破壊領域が地震発生層全体に達すると異なるスケーリングが生じると解釈した。このような複雑な特性を観測データから導きだしたことは独創的であり、非常に優れた成果であると認められる。
以上の理由から、受賞者の優れた業績を認め、その将来性を期待し、日本地震学会若手学術奨励賞を授賞する。
地震発生機構に関する理論的研究
受賞者は、地震の発生機構について理論的研究をすすめ、新たな視点を切り開いてきた。具体的には、効率的な数値手法の開発に基づき、実験的研究の成果を念頭に入れた地震発生機構のモデル化と、それによる独創的な視点の提示があげられる。主たる業績は以下の通りである。
現実に近いと思われるモデルの定式化においては、方程式系は強い非線形性を持つ相互作用系としての特徴を持つ。さらに、個々の動的地震を地震発生サイクルと同時にモデル化する場合には、考察するべき時間スケールに大きな幅があるという問題もある。受賞者は、これらの問題を独自の数値計算手法の開発により解決し、地震の発生機構について新たな視点を提供してきた。
その一つは、上記手法を用いた地震発生サイクルについての研究である。受賞者は、台湾車籠埔断層で実測された岩石摩擦特性を念頭に入れて、地震発生サイクルの数値計算を行った。岩石の摩擦特性と摩擦発熱による間隙流体圧変化が組み合わさることにより、地震の繰り返しの様子が極めて多彩になることが、この計算で明らかになった。特に、安定滑りの特性を持つ領域でも、摩擦発熱に伴い巨大な地震性滑りを生じる場合もあるという結果は注目に値する。これは、従来の「地震性滑りを繰り返す領域と安定滑りの領域はすみ分けている」という一般的な考えに変更を迫るものであり、2011年東北地方太平洋沖地震の発生機構や大地震の発生予測にも大きな示唆を与えるものである。
また、最近の特筆すべき成果として、「大地震には大きな準備過程が先行するのか」という重要問題についての新たな視点の提示があげられる。ここでは、大きなアスペリティの中に小さなアスペリティがある系という、比較的現実に近いと思われる系を仮定して、地震発生サイクルについての数値計算を行った。この計算で、小地震から大地震へ段階的に成長する場合と、準静的な震源核の生成を経て大地震が発生する場合があることを示し、それらの発生条件をも明らかにした。
このように受賞者は、卓越した数理的能力と実験的研究についての深い知見に基づき、地震の発生機構について独創的な視点を提示してきた。
以上の理由から、受賞者の優れた業績を認め、その将来性を期待し、日本地震学会若手学術奨励賞を授賞する。
内陸地震の発生過程に関する研究
受賞者は、稠密地震観測データの丹念な解析を通じて、内陸で発生する大地震や群発地震の震源域近傍における地殻応力や断層強度の絶対値、断層の微細構造、地殻流体と地震発生の関係に関する顕著な業績を上げてきた。その主たる業績は以下の通りである。
(1)地震のメカニズム解と大地震による応力変化を用いた絶対応力場の推定
2000年鳥取県西部地震と1983年長野県西部地震の震源域周辺に展開された稠密地震観測網データを用いて、余震のメカニズム解推定とメカニズム解を用いた応力テンソルインバージョンを行い、地震のP軸、T軸や応力の主軸の空間分布の詳細を明らかにした。さらに、本震の滑り分布から応力変化の絶対値が得られることを利用して、本震前の応力場と本震の応力変化の和と観測データから得られた応力の主軸の空間分布を比較することにより、本震前の応力の絶対値を推定することに成功した。また、長野県西部では震源域近傍に局所的な応力場の不均質を見いだし、その成因は本震による応力変化ではなく、断層深部の非地震性滑りによって本震前に生じていたことを提案した。これらの研究によって得られた知見は、内陸地震の発生過程の解明や発生予測に対する重要な貢献である。
(2)内陸地震の震源の微細構造と群発地震の発生過程に関する研究
Hi-netや温泉地学研究所の稠密地震観測網データを用いて、詳細な震源分布とメカニズム解を求め、内陸の大中地震や群発地震の発生過程に関する重要な発見と考察を行っている。特に、箱根火山においては、群発地震の震源が100m程度の厚さを持つ面状に分布し、面内で震源が拡大する様子を明らかにすることで、地殻流体が断層破砕帯内を拡散することによって群発地震が発生するモデルを提案した。また、同火山において2011年東北地方太平洋沖地震時に活発化した地震活動については、地震の震源位置、発生時刻と動的応力変化の詳細な検討から、東北沖地震の表面波により断層の法線応力の低下した時に地震が発生していることを見出し、断層帯の透水性変化に伴う流体移動が地震を誘発している可能性を指摘した。これらは、火山地熱地域の誘発地震現象に対する先駆的な研究成果である。
以上の理由から、受賞者の優れた業績を認め、その将来性を期待し、日本地震学会若手学術奨励賞を授賞する。