公益社団法人日本地震学会理事会
日本地震学会論文賞および若手学術奨励賞の受賞者選考結果について報告します。
2011年1月31日に応募を締切ったところ、論文賞8篇、若手学術奨励賞4名の推薦がありました。理事会において両賞の選考委員会を組織し、厳正なる審査の結果、2011年3月17日の第3回公益社団法人日本地震学会理事会において、下記のとおり論文賞2篇、若手学術奨励賞3名を決定しました。なお、授賞式は、日本地球惑星科学連合2011年大会時に開催予定の定時社員総会(5月24日(火))に合わせて行います。
著者:水藤 尚・小沢慎三郎
掲載誌:地震 第2輯,第61巻,第3号,113-135,2009
2000年より発生した東海地方でのスロースリップの発見は、プレート境界の滑りの多様性を認識させるなど、地震学に非常に重要な影響を与えた。そのスロースリップの開始から終了までの全貌を明らかにすることは、周囲の固着域への影響を正しく見積もるうえで重要なだけでなく、次回同様の現象が発生したときに推移予測するうえでも不可欠である。本論文は東海スロースリップに伴う地殻変動を詳細に検討し、2005年ごろに終了したと思われていたスロースリップが、実際には場所を移動して、2008年ごろ(論文投稿時)まで継続していたことを明らかにし、それまでのスロースリップの推移、解放したモーメントなどを求めた。このことは、データを詳細に解析したからこそ明らかにされたことであり、スロースリップの物理解明につながる重要な成果である。
この成果に至る最大のポイントは、2004年紀伊半島南東沖の地震による影響を注意深く取り除くことにより、すでに小さくなっていたスロースリップにともなう微弱なシグナルを抽出することに成功したことである。著者らは、余効変動のメカニズムとしてアセノスフェアの粘弾性変形と断層すべりの両方を仮定し、有限要素法を用いて紀伊半島南東沖地震の余効変動の大きさを見積もった。その上で、南海トラフの断層上でのスロースリップの空間分布および時間変化を見積もった。得られた結果は、2000年から2005年まで深さ30km付近のプレート境界で発生していたスロースリップは、それ以降2008年にかけてより深部(40-50km)に移動したというもので、これは本研究で初めて明らかになったことである。さらに著者らは、この深部でのスロースリップの発生領域において深部低周波地震やそれに伴うより時定数の短いスロースリップが発生していることから、この領域においてはGPSにより観測された年単位の時定数をもつスロースリップの他に、GPS観測ではとらえられない、数日の時定数を持つスロースリップが重畳していることを示唆している。
これまで述べたように、本研究は豊富なGPSデータを丹念に解析することにより、2000年より発生した東海地方でのスロースリップがほぼ終息するまでの一生を明らかにした。大地震を繰り返してきた南海トラフ沿いのプレート境界における応力蓄積を正しく見積もるうえでも非常に重要な成果である。緻密なデータ解析は高く評価されるべきであり、日本地震学会論文賞にふさわしいものと考える。
Yoshihiro Matsumoto, Tadashi Ishikawa, Masayuki Fujita, Mariko Sato, Hiroaki Saito, Masashi Mochizuki, Tetsuichiro Yabuki, and Akira Asada
Earth Planets Space, 60, e9-e12, 2008
日本周辺のプレート間カップリングの状況を明らかにすることは海溝型地震発生の理解に大きく貢献すると考えられており、これまでに多くの研究がなされてきた。宮城県沖を含む日本海溝沿いのプレート境界に関しても、様々な観測研究が活発に行われ、特に陸上のGPS観測により得られた地殻変動データを基に推定される海域のバックスリップ分布や海底地震観測による海域のサイスミシティなどの知見が蓄積されてきた。10年ほど前から、次のステップとして精密なプレート間カップリングの状況を知るために海底の地殻変動を直接計測することを目指し、海上保安庁を中心に東北大学や名古屋大学は世界をリードする形で海底地殻変動観測システムの開発を行ってきた。
本論文は、従来の観測技術では困難であった海底地殻変動の観測や解析の技術開発を継続し、2000年より開始したGPS/音響測距結合方式による海底地殻変動観測において海底基準点での観測データを解析することにより始めて明らかになった成果を速報として示すものである。結果として、2002年から2008年までの観測により、福島沖海底基準点での非地震時の地殻変動の推移を定量的に捉えることができた。この論文で検出された3.1cm/年という移動速度は、これまでに検出に成功した宮城沖観測点と比較して小さいことを明らかにした。本来は精度的に検出が困難な変動量であったが、技術開発に伴う精度向上と相俟って長期間の観測の実施が功を奏して得られた結果といえよう。
本論文は、他の研究によって間接的に示唆されていた海底のプレート間カップリングの空間変化の存在を直接観測の結果から示すことに成功した初めての例となった。今回の結果は、海底地殻変動観測の実用可能性を示しているとともに、今後の観測網の展開、観測の継続に伴って、カップリング状況の面的把握が進展するための第一歩を踏み出すものである。2011年3月11日に東北地方太平洋沖巨大地震が発生したが、巨大地震を含めたプレート境界でのすべりの収支を理解するうえで、本論文は重要な拘束を与えると期待される。
以上のように、本論文は海底における地殻変動を明確に捉えた重要な研究であり、日本地震学会論文賞にふさわしいものと考える。
地震・津波の波動現象に関する理論的研究
候補者は、地震及び津波の波動問題に対して統計論的および決定論的研究を進め、特筆すべき成果を上げてきた。主たる業績は以下の2つに分けられる。
(1)不均質構造における短周期地震波散乱に関する研究
候補者は、ベキ乗型スペクトルを持つランダムな不均質構造における球面波のエンベロープ形状をマルコフ近似を用いて初めて導出するとともに、幾何減衰を取り入れ、短周期地震波エンベロープの数理モデルを構築した。これにより高い信頼性で散乱構造と減衰構造を分離することが可能となった。また、異方性ランダム媒質における波形エンベロープ及び実効伝播速度を導出した。これらの成果は、周波数毎の振幅エンベロープ形状に着目する短周期地震波形の解析方法に理論的な裏付けを与えたという点で大変重要である。
(2)津波励起・波動伝播に関する研究
地震波散乱研究に取り組んだ経験を生かして、海底地形による津波の散乱素過程を数理的に定式化するとともに、海洋波と海底地形の相互作用に起因する常時微動生成の理論モデルを構築した。また、海底隆起に対する海面変動の応答を水深と海底の隆起時間から決まる2つのフィルターからなる線形システムとして表現することに成功し、3次元ナビエ-ストークス方程式に基づいた津波発生・伝播シミュレーション法を開発して、自ら導いた海底地殻変動の時間特性と津波生成特性の正確性を検証した。これらの成果は、津波地震の発生機構の解明や津波予測精度の向上に大きく貢献するだけでなく、津波波形のインヴァージョン解析等における津波の初期波高分布に物理的拘束根拠を与えるものである。特に、津波の分散波解析が震源断層面の同定に応用できることを示した功績は大きく、高橋龍太郎博士の研究から長らく続いていた長波近似に依る津波計算方法を革新させた。
以上のように、自然現象への深い洞察力、数学による表現力、高精度数値計算の実現力を生かし、独自の視点により津波と地震波という波動現象の励起と散乱を支配する普遍的な物理の理解を深め、津波研究に地震波散乱研究の成果を取り入れて新しい研究分野を開拓したことは、賞賛に値する。今後も、地震と津波を含む幅広い研究領域で、より一層の貢献が期待できる。
以上の理由から、候補者の優れた業績を認め、その将来性を期待し、日本地震学会若手学術奨励賞を授賞する。
地震発生過程の解明に向けた高周波数地震コーダ波を用いた地球内部不均質構造の時空間変化に関する研究
候補者は、高周波数地震コーダ波解析を主体に、断層近傍や沈み込み帯における短波長不均質構造の時空間変化に関する研究を行ってきた。これまで、空間的に一様な統計論的なパラメータで表現されることが多かった短波長不均質構造の解析において、候補者は新たな解析手法を開発するとともに観測データに適用し、短波長不均質構造の時空間変化や地震発生過程に関する新たな重要な知見を示した。授賞対象となる重要な業績は以下の2つである。
(1)稠密アレイ解析手法の開発と三次元不均質構造に関する研究
短波長不均質構造の空間分布の推定のために、コーダ波規格化法、3次元粒子運動軌跡の解析、相互相関係数に基づいた3成分地震計アレイ解析手法を新たに開発した。さらに、異なるスケールの不均質構造の定量的評価のため、自己回帰モデルをアレイ解析に導入した。この手法を、長町利府断層付近に稠密に展開された複数の地震計アレイデータに適用し、短波長不均質構造によるPP散乱およびSP散乱の散乱係数の3次元的分布を求め、1998年M5.2の断層近傍の不均質性が弱いことを示した。
(2)繰り返し地震解析に基づく断層近傍不均質構造の時空間変化に関する研究
サンアンドレアス断層上で繰り返し発生する相似地震群を用いて短波長不均質構造の時間変化を評価する手法を開発し、波形相似性が低下する位相に適用して地震波散乱源の時空間変化を明らかにした。この結果をもとに2004年パークフィールド地震によって生じた地殻内部の応力変化を評価するとともに、測地データとの比較から、断層深部のレオロジー構造がディスロケーション・クリープで特徴づけられることを示した。
さらに、繰り返し地震の発生間隔と規模の時間変化を地震カタログから検出し、大地震の発生に伴い断層強度が長期的に変化を起こすことを見出した。またコーダ波解析を組み合わせることで、遠地表面波による動的応力変化によって断層強度変化が誘発されたことを示した。このことは、地震発生確率の評価に重要なパラメータである断層強度を、微小地震観測データから評価可能であることを示唆する重要な成果である。
このように、候補者は高周波数地震波の解析研究を発展させ、短波長不均質構造の時空間変化や地震発生過程の解明に大きく貢献した。
以上の理由から、候補者の優れた業績を認め、その将来性を期待し、日本地震学会若手学術奨励賞を授賞する。
実体波を用いた決定論的および統計論的手法による地球内部構造イメージングに関する研究
候補者は、決定論的及び統計論的アプローチから地球内部構造の解析手法に関する研究を行い、新しい手法開発に基づく新たな発見を成し遂げた。授賞対象となる重要な業績は以下の2つである。
(1)レシーバ関数解析手法の開発と地球内部構造の解明
日本全国に展開された高感度地震観測網の短周期地震計記録、及びHi-net傾斜計記録を用いて、スラブ上面の二重構造やスラブ下面の発見に成功した。特に、傾斜計データを用いた解析において、通常使用される上下動成分のデータを必要としない、水平動2成分だけによるレシーバ関数法の解析技術を確立したことは特筆に値する。さらに、410kmや660kmの不連続面の存在とそれらの詳細な凹凸形状を明らかにしたことに加え、スラブ下面をシャープな境界として検出したことは、沈み込むスラブのダイナミクスを理解する上で重要な成果である。候補者が筆頭著者である論文としてまとめられている本成果は、2008年度日本地震学会論文賞として高く評価されている。
(2)地震波干渉法の新たな手法開発と地球内部構造解明への適用
地震波干渉法を利用した研究は、近年、世界中で精力的に実施されているが、そのほとんどは表面波を対象としたものである。これに対し、候補者は、遠地地震のSコーダ波に地震波干渉法を適用し、直達P,S波、及びフィリピン海プレートからの反射波等の実体波の抽出に成功した。さらに、干渉法と相反定理を組み合わせることで、沈み込んだスラブ内の2つの震源間を伝わる実体波の抽出手法を新たに開発した。この手法を用いることにより、スラブ内の速度構造や異方性などの地震学的構造を従来の手法に比べ飛躍的に高い分解能で解明することが可能となり、スラブ内部構造の研究に対して大きく貢献できることが期待される。
以上のように、候補者の独自の視点による研究成果は、地球内部構造研究分野に対してインパクトを与えるものである。さらに評価すべき点は、既存の研究手法を稠密観測網データに適用するにとどまらず、新たなデータの開拓、独自の手法の開発について積極的に取り組み、地球科学上の重要な発見を目指す、という姿勢であろう。このような手法開発があればこそ、稠密な地震観測網のデータもさらに利用価値が高まり、今後の更なる発展が期待できる。
以上の理由から、候補者の優れた業績を認め、その将来性を期待し、日本地震学会若手学術奨励賞を授賞する。