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2024年度日本地震学会賞、論文賞、若手学術奨励賞、技術開発賞受賞者の決定について(2024年8月5日掲載)News & Topics

公益社団法人日本地震学会理事会

日本地震学会賞、論文賞、若手学術奨励賞および技術開発賞の受賞者選考結果について報告します。
2024年5月31日に応募を締切ったところ、日本地震学会賞3名、論文賞12篇、若手学術奨励賞8名、技術開発賞4件の推薦がありました。理事会において各賞の選考委員会を組織し、厳正なる審査の結果、2024年7月30日の2024年度第3回日本地震学会理事会において、下記のとおり日本地震学会賞1名、論文賞3篇、若手学術奨励賞3名、技術開発賞2件を決定しました。

各賞の授賞式は2024年度秋季大会の場において行う予定です。

日本地震学会賞

受賞者

小平 秀一

授賞対象業績名

先駆的な大規模稠密地下構造探査による沈み込み帯を中心とした地球内部変動現象の解明

授賞理由

受賞者は、地下構造探査のデータの詳細な解析から構築した地下構造モデルに基づき、地震活動や、プレートの形成・移動など、地球内部で生じるさまざまな変動現象の理解、特に現象の背景にある構造的要因の解明を目指して精力的な研究を行ってきた。研究における特に評価すべき重要な点は、地球物理学から地質学・岩石学までの広い視野にわたって、鋭い洞察力にもとづき地下構造研究の成果を最大限に活用して新たな知見を創出してきたことである。さらには、地下構造探査の高度化・大規模化を世界に先駆けて実現し、特に日本における沈み込み帯域の地下構造研究を世界トップクラスの水準まで発展させた。

たとえば、深部に沈み込んだ海山の実態を観測から定量的に把握することは容易ではないが、受賞者は100台以上の海底地震計を用いた、従来よりも一桁稠密で大規模な観測を提案・実現することでこの問題を見事に克服し、富士山級の海山の沈み込みや、海嶺の沈み込んだ先の高間隙水圧の存在をイメージングし、それらが沈み込みプレート境界の巨大地震発生過程やスロースリップに与える影響を考察した。これらの研究は世界の沈み込み帯で類似の観測研究に繋がり、国際的にも大きな影響を与えた先駆的な取り組みである。また、非常に複雑で不均質な様相を呈するスロー地震分布を決定付ける要因を調べるために、南海トラフ全域のプレート境界断層を三次元的に把握するという世界的にも類をみない大きなプロジェクトを立ち上げ、実観測に基づき沈み込む海山群などの実態からプレート境界断層の固着・すべりの決定要因を明らかにする研究を進めるなど、受賞者はいまだに研究の歩みを止めていない。

2011年東北地方太平洋沖地震に際しては、地震観測に加えて地形や地下構造の探査を機動的に実施し、海溝軸近傍で巨大な滑りが発生していたことを海底地形や地下構造の研究に基づいて解明した。さらに、同地域においてIODP掘削を提案・実現し、地震断層の実態を明らかにするなど多数の成果につなげた。これらの成果を受けて、同地震後の時空間変化を捉えるべく、新たな掘削研究を世界中の研究者を率いて2024年秋に実施する予定であり、受賞者はこの分野におけるトップレベルの研究者として世界を牽引し続けている。

以上に代表されるさまざまな業績から、受賞者はAGUの Fellowに選出されているのみならず、Beno Gutenberg Lectureを行う栄誉を1996年の金森氏、2015年の小原氏に続いて2017年に受けているなど、国際的にも高く評価されていることから、2024年度日本地震学会賞を授賞する。

論文賞

1.授賞対象論文:「地震動の物理学」の勘所

著者名:纐纈 一起
掲載誌名等:地震第2輯 (2022), 75,57−81
DOI:10.4294/zisin.2021-16

授賞理由

本論文は、著者が執筆して2018年に出版された書籍「地震動の物理学」における重要な論点(勘所)を著者が選定し、自ら導出した数式展開に基づき議論した成果である。原稿の種類は「解説」となっているが、既知の結果だけでなく、独自の新しい結果も示されている。

本論文の優れた学術的貢献として、以下の四つが挙げられる。一つ目は、5節の点震源による地震動において、近地項・中間項・遠地項の各々の距離減衰と放射特性を明示した点である。地震動の近地項の変位のみならず速度の距離減衰に言及した論文は皆無であり、本論文による具体的な結果は大変有用である。二つ目は、2節の因果律を満たす減衰を周波数領域で考慮するにあたり、Aki and Richards(2002)やAzimi et al.(1968)の前提となる式の導出に成功している点である。既往文献で曖昧であった減衰の波形に対して、計算例を示しつつ因果的な減衰の本質が追求されている。三つ目は、4節の点力源の地震動の解を得るにあたり、Love(1906)が端折っている式の行間を埋めることに成功した点である。点力源のポテンシャル、それに対する変位ポテンシャルとその球面積分の実行と順を追った導出過程の厳密で詳細な明示は、本論文が初出であり新規性が高い。四つ目は、6節の波数積分において、Helmberger(1968)によるgeneralized ray theoryの定式化とその必要条件の導出に成功した点である。この過程において、Schwartzの鏡像原理の成立に関して未解決の証明が残っていることが明らかにされた。

著者が本論文に先駆けて執筆した書籍「地震動の物理学」は、東京大学で長年開講された地震波動論Ⅱの講義をもとに、大変な時間と労力を要して完成されたものである。この書籍は、学生など若手の教育に活用され、地震学の底上げに貢献している(英語での書籍 "Ground Motion Seismology" も出版されており、その効果は日本だけにとどまらない)。本論文は、この書籍を補足・拡張する形で、地震学の教科書や論文で導出過程が記されていない重要な論点に対し、数学・物理学的な証明を解説したものである。著者による徹底して原典にまで遡る既往文献の調査、厳密な数式展開、結果の慎重な検証と解釈は、理論的な研究を進める上で模範となるものであろう。このように本論文は、地震学の理解を深めるとともに、今後の研究のヒントを埋め込んだもので、学生・初修者から専門の研究者まで幅広い層に役立ち、その効用は今後永く続くものと期待される。

以上の理由により、本論文を2024年度日本地震学会論文賞受賞論文とする。

2.授賞対象論文:Nationwide urban ground deformation in Japan for 15 years detected by ALOS and Sentinel-1

著者名:Yu Morishita, Ryu Sugimoto, Ryosuke Nakamura, Chiaki Tsutsumi, Ryo Natsuaki, Masanobu Shimada
掲載誌名等:Progress in Earth and Planetary Science (2023), 10:66
DOI:10.1186/s40645-023-00597-5

授賞理由

干渉SARは地表の変位を高分解能で解析できる技術である。地震学においては、地震時の広域かつ詳細な変位分布や地表地震断層の位置の特定を可能にし、地震のメカニズム解明にとって重要な情報をもたらす。また、干渉SAR時系列解析は数mm/yr程度のゆっくりとした変位を検出できる技術であり、余効変動や地震間の地殻変動の解析が試みられ、そのメカニズム解明に貢献している。

2010年代前半までは、データポリシーや解析技術などの制約により、干渉SAR時系列解析が利用できる機会は限られていたが、2014年に登場したオープンフリーかつ高頻度観測のSAR衛星Sentinel-1により、全世界で網羅的に時系列解析が可能となった。また、2006-2011年に運用された国産のSAR衛星ALOSのデータを解析した干渉プロダクトやLiCSBASという時系列解析ソフトウェアが、筆者らによりオープンフリーで公開され、長期間の地表変動を誰もが容易に導出することができる環境が整ってきた。

本論文では、ALOS及びSentinel-1データの干渉SAR時系列解析により、2006-2020年の日本の主要都市域における地表面変位を解析し、15年間の推移を議論した。本論文の地震学分野における主な貢献としては、以下の点が挙げられる。長野市松代では、1965-1970年に発生した松代群発地震の震源域の一部で局所的な沈降が現在でも継続し、加速していることを明らかにした。また、2007年新潟県中越沖地震に伴い、震源から20km以上離れた新潟県柏崎市で、副次的地表断層による変位と、それに沿った余効変動を初めて検出した。有馬高槻断層帯では、断層に沿った微小な変位が検出され、時間とともに空間パターンが変化していることが確認された。本論文は、オープンフリーのデータ及びソフトウェアのみを用いた干渉SAR時系列解析により、長期間にわたる時空間的に詳細かつ網羅的な変位の把握が可能なことを示した。さらに、筆頭著者である森下氏が開発したLiCSBASは、世界中で多くのユーザーが利用しており、干渉SAR時系列解析の代表的なツールの一つとなっていることも特筆すべき点である。

先頃、国産SAR衛星の後継機であるALOS-4の打ち上げが成功したほか、今後も海外においてSAR衛星の打ち上げが予定されている。今後、より豊富なSARデータが利用可能になることが見込まれ、干渉SARが地震に関連する諸現象の解明にさらなる貢献をすると期待される。本論文に示された多くの解析結果は、高頻度SAR観測時代の先駆けとなる研究成果と言える。

以上の理由から、本論文を2024年度日本地震学会論文賞受賞論文とする。

3.授賞対象論文:Incoming plate structure at the Japan Trench subduction zone revealed in densely spaced reflection seismic profiles

著者名:Yasuyuki Nakamura, Shuichi Kodaira, Gou Fujie, Mikiya Yamashita, Koichiro Obana, Seiichi Miura
掲載誌名等:Progress in Earth and Planetary Science (2023), 10:45
DOI:10.1186//s40645-023-00579-7

授賞理由

沈み込み帯に持ち込まれる構造(インプット構造)は、沈み込み帯での地震関連現象の発生と密接に関係していると考えられている。本論文は、日本海溝全域にわたって取得された100本以上の高分解能反射断面を元に、インプット構造の特徴と東北地震やゆっくり地震との対応を報告したものである。

筆者らは、大量の反射断面を丁寧に解釈することで、沈み込む直前の太平洋プレート上に溜まった堆積層の厚さやアウターライズ域で発達する折れ曲がり正断層の分布等をマッピングした。これら反射断面からの観察事実と東北地震の浅部大滑り域やゆっくり地震活動域とには以下に述べるような対応が見られることを示した。

まず、東北地震の浅部大滑り域に沈み込む堆積層の厚さは350mより薄く、これまでに提唱されている沈み込み帯超巨大地震は厚い堆積層(1km以上)が沈み込む場所で発生しているという説に当てはまらないことを明確にした。また、ゆっくり地震が発生している場所には、比較的厚い堆積層が沈み込む場所に加え、プチスポット領域や海洋地殻に小規模ながらも明瞭な起伏が見られる場所も対応していることも示された。厚い堆積層が沈み込むことで流体に富む堆積物が多く沈み込み帯に持ち込まれゆっくり地震が起こりやすい条件となっている可能性を示すとともに、水平方向の数km程度のスケールのものであっても小規模なゆっくり地震のクラスターに関係している可能性を示し、ゆっくり地震発生のメカニズムを解明するために重要な情報をもたらしている。加えて、アウターライズ域での正断層の発達過程を検討する際に、海底地形のみを用いて断層の活動度を見積もると、地溝充填堆積物の存在が無視されることによって、断層の比高が過少評価されていることも具体的に示した。日本海溝アウターライズ域ではアウターライズ地震の発生が危惧されており、アウターライズ地震断層の評価を正しく行う上で重要な問題提起となっている。

本論文は、他に類を見ない稠密な構造探査データを用いて、沈み込み帯へのインプット構造が持つさまざまなスケールの地下構造が沈み込み帯で発生する地震現象に関係していることを示している。アウターライズ地震を含めて日本海溝周辺で発生する地震に関する研究を進めるうえで欠くことのできない重要な知見をもたらした。

以上の理由から、本論文を2024年度地震学会論文賞受賞論文とする。

若手学術奨励賞

1.受賞者:縣 亮一郎

授賞対象研究

地下構造の不均質性と不確実性に着目した革新的な計算科学・ベイズ推定手法を用いた研究

授賞理由

受賞者は、先進的な計算科学・データ科学・機械学習の手法を駆使し、地下構造の不均質性や不確実性を考慮した革新的な地殻変動モデリング法・有限断層インバージョン・地震波速度構造推定法を提案することで、非線形性を持つ粘弾性構成則と断層面摩擦則が巨大地震後の余効変動に与える影響や長期的スロー地震の応力変化と深部微動との関連性を明らかにするなどの顕著な業績をあげてきた。

地震現象を定量的に理解する上でボトルネックとなっているのは、地下構造の不均質性と不確実性である。しかし、従来の研究では、定式化の困難さや計算コストの問題により、これらの効果は無視されるか、考慮された場合でも限定的かつ近似的であった。受賞者は、2011年東北地方太平洋沖地震後に観測された急激な余効変動の原因を明らかにするために、地下物性の不均質性と非線形性に着目し、アセノスフェアは温度依存べき乗粘弾性構成則に、プレート境界の断層すべりは速度状態依存摩擦則に従うと仮定して、大規模な数値シミュレーションを行った結果、地震後に一時的に粘性が低下した領域が局在化し、不均質なマントル変動が発生していることを明らかにした。また、有限断層インバージョンにおいて、多くの研究で仮定されている地下構造と断層形状の不確実性がもたらす問題を解決するために、それらの不確実性に由来するモデル予測誤差の統計的性質を取り入れたマルチモデルベイズ推定法を構築し、豊後水道で発生した長期的スロー地震の断層すべりと応力変化を推定することで、長期的スロー地震によって応力が高まっている領域で深部微動が発生していることを明らかにした。

受賞者の成果は、構造やモデルの不均質性と不確実性に着目し、高度な計算科学・データ科学・機械学習を駆使することで、震源域周辺でどのような現象が発生しているのかを定量的に解明してきたことに特長がある。特に、深層学習に物理法則を組み込んだPINNとベイズ推定手法を融合した新しい地下構造推定手法を提案するなど、他分野の最新の知見を取り入れるにとどまらず、新たな可能性を模索し実現している点は特筆に値する。また、受賞者は、その視野の広さと卓越した研究の質により、計算工学、応用数理、土木工学の分野といった様々な分野でも、表彰や招待講演という形で高く評価されてきた。

以上の理由により、受賞者の優れた業績と高い研究能力を認め、その将来の活躍も期待し、日本地震学会若手学術奨励賞を授賞する。

2.受賞者:小寺 祐貴

授賞対象研究

地震動伝播に基づく実践的な地震動即時手法の開発とその実装

授賞理由

観測された地震動から即時に地震動を予測する実践的な手法開発を行い、震源決定を必要としない緊急地震速報を実現させ社会実装することは、地震防災・減災に関わる地震学的な重要課題の一つである。

一般に、破壊開始点である震源の位置と強震動生成域が異なるため、大規模地震ほど震源決定に基づく地震動即時予測では大きな誤差が生じる可能性がある。受賞者は、この問題を解決するために、観測点における強震動のリアルタイムのモニタリング(リアルタイム震度)から、その強震動が伝播しているとして即時に近傍の他の地点における強震動を予測する実践的な地震動即時予測手法であるPropagation of Local Undamped Motion method(PLUM法)を開発した。

震源決定に基づく従来の予測とPLUM法による予測を組み合わせたハイブリッドな方法は、従来の予測精度を維持しつつ大規模地震時の予測精度を向上させることができ、気象庁のシステムに実装され、2018年3月から緊急地震速報で活用されている。実際に受賞者は、2018年北海道胆振東部地震、2022年3月の福島県沖の地震(M7.4)などでは PLUM 法により地震動の過小予測が回避されており、緊急地震速報を社会で活用するにあたっての客観的検証を行なっている。また、PLUM法は米国でも適用が検討されるなど、日本以外の国でも発展を見せている。

さらに受賞者は、巨大地震発生時のP波放射過程を解析し、強震動生成域からのP波がリアルタイムで検出可能であり、そのP波を用いて強震動の即時予測が可能であることを示した他、リアルタイムで推定された波動伝播の減衰を考慮することにより、より遠方での地震動を予測可能な手法を開発するなど、PLUM法の改善に精力的に取り組んでおり、緊急地震速報の精度向上や社会実装に対する貢献は大きい。

以上の理由により、受賞者の優れた業績と高い研究能力を認め、その将来の活躍も期待し、日本地震学会若手学術奨励賞を授賞する。

3.受賞者:富田 史章

授賞対象研究

海底測地観測に基づいた沈み込み帯プレート境界すべりの解明

授賞理由

受賞者は、海底測地観測の実施・測位の高精度化による海底変位の検出、および海底測地観測データの特性を生かした断層すべり推定手法の開発を通して沈み込み帯プレート境界での断層すべり現象の解明に大きく貢献してきた。

2011年東北地方太平洋沖地震をはじめとした沈み込み帯プレート境界での断層すべり現象の多くは海底下が発生源となるため、海底測地観測が重要となる。受賞者はGNSS音響(GNSS-A)測位による海底測地観測の実施と測位解析手法の高精度化に従事し、東北沖地震後の海底での広域の地殻変動場を推定し、地震時主破壊域での粘弾性緩和による西向き、福島沖海溝近傍での余効すべりによると考えられる東向きの変動をそれぞれ明らかにした。また、複雑な海中音速構造を仮定したGNSS-A測位手法を開発し測位精度の向上を図るとともに、開発した手法をオープンソースソフトウェアとして公開した。この成果は、GNSS-A観測によって得られるデータセットの質の向上に寄与するとともに、GNSS-A解析に対する敷居を下げ、海底測地分野全体の発展に貢献するものである。

さらに受賞者は、粘弾性グリーン関数を断層すべりインバージョンに導入することで、地震後の測地観測データから地震時すべり分布の拘束が可能となることを示し、観測した西向き変動範囲の北限から、従来求められていたよりも北側に延びた地震時すべり分布を推定した。また、トランスディメンジョナルMCMC法を応用し、すべりの平滑化拘束を用いずに、かつ誤差の異なる観測データ間の重みの最適化や上記の粘弾性グリーン関数を用いた解析に有用な多時間窓の断層すべり分布推定を容易に行える断層すべり推定手法を開発した。

このように、受賞者はGNSS-Aによる海底測地観測自体の発展とその観測データの持つ情報を適切に引き出すことで、東北沖地震を対象に巨大地震サイクルに伴うすべり現象を解明し、地震学に大きく貢献した。

以上の理由により、受賞者の優れた業績と高い研究能力を認め、その将来の活躍も期待し、日本地震学会若手学術奨励賞を授賞する。

技術開発賞

1.授賞対象功績名:大型岩石摩擦試験機の開発と地震断層力学への貢献

受賞者(氏名)または団体名

福山 英一,山下 太,徐 世慶,溝口 一生,川方 裕則,大久保 蔵馬,前田 純伶

授賞理由

地震の本質は断層の摩擦すべりであり、岩石の摩擦特性は単に断層がどれほどの力ですべり始めるかだけでなく、そのすべりがどの様に発展し終わるかという地震の多様性をも左右する重要な要素である。しかし地震観測等から断層の摩擦特性を推定するのは極めて困難なことから、主に室内実験により調べられてきた。ただし、通常の室内実験で使用されるセンチメートル級の試料で働く摩擦法則がキロメートル級の自然断層でも同様に働くのか、すなわち、岩石摩擦特性が断層面スケールに依存しないのかは長年の疑問であった。また、自然断層には存在するはずの様々な不均質が断層すべりに与える影響の解明も小さな試料を使った実験では限界があった。受賞者らはこれらの疑問に直接的に答えるため、メートル級の岩石試料を用いた実験が可能な大型摩擦試験機をこれまでに3台開発するとともに、それらを使った実験研究により地震断層力学を大きく進歩させてきた。

受賞者らが大型岩石試料を用いた実験研究を開始したのは2012年頃である。最初に開発した第一世代の試験機で実現された模擬断層面は長さ1.5m×幅0.5mもしくは0.1mで、数は少ないものの世界に存在している他の大型試験機(米国地質調査所等)と比べて特段大きいものではない。しかしながらこの第一世代の試験機は大型振動台をせん断載荷の動力として利用している点で極めてユニークであり、これにより高速(最大1m/s)かつ大変位(最大0.4m)で模擬断層をせん断させることが可能となった。この特長により、センチメートル級の試料を使った摩擦実験と同等の条件での実験が可能となり、結果を直接比較できるようになった上、断層面へ自然な不均質を導入することが可能となった。続いて開発した第二世代の試験機は、開発当時において確認できる限り世界最長の模擬断層面を実現したものであり、そのサイズは長さ4.0m×幅0.1mである。その大きさにも関わらず、垂直荷重の載荷にフラットジャッキとハンドポンプを使用することで省スペース化が図られており、文字通り室内での実験が可能となった。そして昨年、これまでの実験及び研究で蓄積された様々なノウハウが注ぎ込まれ、2024年現在において確認できる限り世界最大の、長さ6.0m×幅0.5mの模擬断層面を最大1mせん断可能な第三世代の試験機が開発されるに至った。これらの試験機を用いた実験研究の成果として、まず、第一世代の試験機で示された、岩石摩擦特性がスケール依存性を持つことを示した研究が挙げられる(Yamashita et al., 2015, Nature)。これは摩擦すべり中に作り出される摩耗物により断層面上に応力不均質が発生・発展することに起因するものであり、地震断層力学分野に大きなインパクトを与えた。また、断層面上の応力や形状の不均質が断層破壊速度やそのばらつき具合、さらにどの様な過程を経て本震に至るかに与える影響も示された(Yamashita et al., 2021, Nat. Comm.; Xu et al., 2023, Nat. Geosci.)。その他にも様々な研究成果が得られているが、いずれも断層面の有限性と不均質性が鍵となっており、大型岩石試料を用いた実験研究の重要性と必要性を示すものである。

機械は一般に、規模が大きくなるほど精度が落ち、また制御も困難になる。しかしながら高い再現性で精密な実験を成功させ、上記のような研究成果が創出されているのは、受賞者らが設計段階で事前検討を重ね、実現可能な範囲で必要な性能を達成できるよう試験機開発を進めたためであろう。加えて、大規模であっても局所的に発生する現象を正しく把握するための適切なセンサーの選択や配置、測定・収録システムの開発等、ハードウェアのみならずソフトウェア面での技術開発も重要なポイントとなっている。これらの研究成果は日本国内のみならず国外でも注目を浴び、当該試験機を用いた国際共同研究が実施されている他、米国コーネル大学等での新たな大型摩擦試験機開発の契機となる等、当該研究分野を牽引する重要な役割を果たしている。第三世代の試験機による研究が本格的に始まることでさらに重要度が増していくと期待される。

以上の理由により、受賞者らの優れた業績と地震学の発展への高い貢献を認め、日本地震学会技術開発賞を授賞する。

2.授賞対象功績名:海底長期孔内観測システムの開発による連続リアルタイム海底地殻変動観測の実現

受賞者(氏名)または団体名

海底長期孔内観測システム開発チーム(構成員 荒木 英一郎,猿橋 具和,許 正憲,町田 祐弥,木村 俊則,北田 数也,辻 修平,横引 貴史,櫻井 紀旭,横山 貴大)

授賞理由

海底長期孔内観測システムは、海域での地震や孔内間隙水圧、歪の変動を観測するために開発された海底深部掘削孔内のリアルタイム観測システムである。センサー群を「ちきゅう」で掘削した深部孔内に設置し、海底地震津波観測監視システム(DONET)に接続することによって、孔内間隙水圧、歪、地震動等の長期・連続リアルタイム観測を実現している。システムは、深部孔内のノイズの極めて少ない安定な環境で観測することによって、ゆっくりとした微小な孔内間隙水圧、歪の変動を検出することができる。2010年から2018年にかけて、南海トラフ熊野灘の3か所にシステムが設置されている。

海域で微小な孔内間隙水圧、歪の変動を検出できることから、海底長期孔内観測システムから得られた観測データによって、南海トラフ熊野灘震源域沖合で繰り返す浅部ゆっくりすべりの存在が初めて報告された(Araki et al., 2017)。この研究によって、浅部ゆっくりすべりが南海トラフプレート境界域において無視できない働きをしていることが明らかとなった。浅部ゆっくりすべりをリアルタイムに観測できることから、海底長期孔内システムから得られた孔内間隙水圧・歪観測データは気象庁南海トラフ地震評価検討会および地震調査委員会において定例報告・評価され、南海トラフの地震評価の重要な基礎観測データとして活用されている。

また、2023年には紀伊水道沖に新たに開発した「孔内光ファイバ歪センサ」を含んだ新たな海底長期孔内観測システムの設置・観測開始に成功している。孔内光ファイバ歪センサは、200mの光ファイバ巻き線を計測するマイケルソン光干渉計2系統・DAS等の分布型光ファイバセンシング用の光ファイバからなり、海底の観測装置に光ケーブル接続し、冗長かつ高感度・高ダイナミックレンジな観測を行うものである。新システムでは、設置後の交換ができない孔内部分はすべて光ファイバ等の機械的・電気的故障の要因のないものとしつつ、故障の可能性のある要素はすべて海底で着脱交換を行えるようにすることで、長期運用時に故障が発生した際にも、観測の継続を可能としている。

現時点では、高度な技術によって得られたいずれのデータも多くの研究者にとって容易に利活用できる状況ではなく、今後の更なるデータアベイラビリティの向上が期待される。今後、技術の高度化、データの利活用両面における更なる発展によって社会へのより一層の貢献が見込まれる。

以上の理由により、受賞団体の優れた業績と地震学の発展への高い貢献を認め、日本地震学会技術開発賞を授賞する。

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