地震学者とはどんな職業ですか?
日本は世界的に有数な地震国であり、地震に関係した学術研究が他国と比べても高いレベルで盛んに行われています。地震及び関連する現象をさまざまな観点から研究する学問が地震学です。
地震学というと社会的には将来の地震を予測することがクローズアップされがちですが、直接社会的に役立つような予測技術の研究ばかりしているわけではありません。むしろ多くの研究者が行っている研究は地震の発生源や地震源から伝わる地震波の振る舞いを調べたり、地震をおこす原因となっている地下の構造や大規模な地殻変動を調べたりする地道なものです。地震現象の本質を明らかにする理学的な側面と、得られた知識を災害低減や資源探査など役に立つ形で応用する工学的側面があります。
自然を対象とするので地震計をはじめとする各種計測機器を用いた観測が基本となり、観測で得られたデータを分析したり、物理方程式を用いて解釈するのが主な研究法です。数学、物理学、化学などに基づく理論的な研究、地質調査、室内実験、計算機シミュレーションなどによって重要な知見が得られることもあります。
得られた成果を学会での講演や論文として発表し、社会に還元するのも研究者の務めです。屋外での観察・観測を通して自然を相手にすることに魅力を感じる研究者は少なくありませんが、一方で同一現象を繰り返し測定できないとか、百年千年に一度という稀な現象を理解しようということは、他の科学に比べて難しいところでもあります。観測やシミュレーションが先端化、巨大化するにつれ、多人数の研究者が協力して行うプロジェクト型の研究も増えています。
他の科学の分野と異なる点として災害を伴うような大きな地震が起きれば社会的な問題にもなり、社会との接点を必然的に意識させられるということがあります。
職業として地震の研究している人は、主に大学や国公立又は民間企業などの研究機関の研究者です。但し大学の学科単位で「地震学科」というものは現在の日本にはなく、多くは地球物理学、地学、建築土木工学などの一分野となっているので、ある研究者が地震の研究者かそうでないかは所属だけではわかりません。他の研究機関や民間会社ではなおさらです。また、気象庁や自治体などには、肩書上は非研究職でも立派な研究をする人がいます。そこで以下の話は地震学の研究者団体である日本地震学会の会員を念頭において説明します。
会員二千人のうち学生や退職者をのぞくと約千五百人となり、これが大体の地震学研究者の数といえます。女性は近年やや増える傾向にはありますが現在はまだ7%にすぎません。およそ半数が大学もしくは研究所などに所属しています。
地域的には大学での研究者はいくつかの国立大学法人(特に北海道大学、東北大学、東京大学、名古屋大学、京都大学、九州大学)に集中しており、独立行政法人となっている研究所の多くは茨城県つくば市にあります。同じ大学でも私立大学に在籍する研究者は少ないです。
民間企業では工学系の研究が中心で、災害低減に関連して建築土木関連会社や電気ガスなどのライフライン関連企業、資源開発に関連して物理探査の会社などに研究者が所属しています。
地震学の研究者として何よりもまず扱う対象である地震現象に対する好奇心や探究心が必要なのはいうまでもありません。その上で研究遂行には十分な知識が必要です。
現代地震学の基礎となっているのは高校の科目分類では物理学と地学です。研究者皆が必ずしもすべて理解しているわけではなく、実際はこのうちいくつかの得意分野の知識をもとに研究しますが、高校レベルの知識は最低どちらかを持ち合わせているべきで、さらに先端の知識を大学や大学院で学ぶ必要があります。数学の知識も理論的な研究の場ではおおいに役立ちますし、近年は計算機を使いこなせるかが研究の効率を左右するようになってきました。また重要な研究成果が発表される論文誌のほとんどは英文誌であり、海外研究者との交流もあるので英語力も重要です。これらの知識、能力と同等に問題を提起し、調査解明し、ひとつの研究としてまとめ上げる研究遂行能力も不可欠です。
こうした知識や能力は通常大学院での教育によって培われます。大学院(修士課程、博士課程)では理学系では地球物理学、地球科学、工学系では建築学、土木学などの専攻のなかで地震学の教育を受けることができます。最近では学科や専攻の名前は複雑化しているので、必ずしも上記のようにわかりやすい名前になっていないのは要注意です。
大学院で必要な知識を習得し、研究遂行能力を身につけ、学位を得て研究職に就職するというのが、一般的な地震学研究者への道です。理学または工学の博士号は多くの研究者が持っているもので、未取得で就職した研究者も在職中の研究をまとめて取得する場合があります。博士号は研究者として一人前というひとつの目安と考えられていますが、実際には取得後も独自に勉学することによって常に最先端の研究動向を把握し自らの研究能力を向上させ続けなければいけません。
大学や研究所では(終身雇用の)常勤研究者の定員が決められているので実際には研究者への道は狭いものです。近年、常勤研究者は公募で採用する場合が増えてきています。例えば大学の入門レベルの研究者である助教の公募では十倍以上の高倍率になることも珍しくありません。したがって博士号はほぼ当然であり、さらに過去の研究実績が就職の際には重視されます。また気象庁などの官庁で地震の研究をするには国家公務員試験に合格していることが必要条件となる場合もあります。
大学院修了後、さらに業績を挙げて研究者として職を得ることを目標に、ポスドクと呼ばれる非常勤や短期任期の研究者として研究生活を送る人が増えてきています。そのため20歳台の常勤研究者は少なく、就職年齢は30歳前後が普通です。ポスドク増加の傾向は、科学研究の様々な領域で問題になっていますが、地震研究も例外ではありません。
一度常勤研究者になると、所属機関の変更や研究分野の変化はあってもほとんどの研究者が定年まで勤めます。
日本の地震学研究の歴史は明治初期までさかのぼります。
地震学を取り巻く環境は明治24年の濃尾地震、大正12年の関東地震(関東大震災)、昭和39年新潟地震など大きな災害を引き起こした地震のたびに大きく変化してきました。昭和40年には地震予知計画がスタートし、単なる一学問分野から国家プロジェクトを含むものへと変容しています。
但し平成7年の阪神大震災の後には、過去の地震予知計画が再検討され大幅な観測体制の強化が図られました。
また平成23年の東日本大震災後には直前の地震予知にこだわらず、確率的な地震の予測を目標にすべきであるという提案が日本地震学会からなされています。
各研究機関の研究者数という点では、公務員の定員削減、任期制導入や、研究機関の法人化などにより職業としての安定性は減少する傾向にありますが、これは地震研究の問題というより日本の科学研究すべてに共通する問題です。
その多くが公務員と同等の国立大学法人や独立行政法人の職員であり、その賃金は他の科学分野の研究職と大差ありません。
研究と同時に業務も行っている機関(たとえば気象庁)では、休日や夜間の勤務もありますが、多くは朝から夕方まで、週休2日という労働条件です。
所属機関はたいてい特定の地域に限られ、機関内の移動に伴う転勤の可能性は少ないですが、研究者の流動性を高めるために他機関への移動は奨励される傾向にあり、それに伴う転勤の可能性はあります。学会や共同研究、調査・観測に伴う海外出張もあります。
季節による仕事の変化は、学会シーズンにやや忙しく、屋外での調査・観測は冬季にやや控える傾向にあるくらいで大きな変化はありません。むしろ何か重要な事象(大地震や群発地震活動など)が発生した場合、突然忙しくなることがあります。
(職業ハンドブック((財)雇用情報センター)に掲載したものを一部修正)