2025年度受賞者Awards

受賞者:伊東 優治

授賞対象研究

沈み込み帯における断層すべり現象の多様性の解明とその国際展開

授賞理由

受賞者は、世界中の沈み込み帯における陸海の地殻変動データを丹念に解析し、プレート境界断層のすべり様式の多様性と、地下の複雑な変形特性を明らかにしてきた。また、摩擦則等のモデルや多種の観測結果との比較検討を行い、単純なモデルで説明できない観測事例からすべり様式や変形特性に関する新たな解釈を提示した。さらに、ノイズレベルが高い等の理由で従来あまり使われていなかった種類のデータを、適用可能性を検証した上で解析に用い、新たな知見を得ることに成功する等、沈み込み帯における様々な変動の解明に顕著な業績を挙げてきた。

2003年十勝沖地震前後の解析では、海底圧力計の長期の記録を余効変動で説明できることを示し、17世紀の超巨大地震の海溝軸付近のセグメントに余効すべりが至っておらず当該領域の継続的な歪の蓄積を示唆した。また、北海道における地震間地殻変動を丹念に解析することで、道東の火山弧域における短縮歪の集中を発見し、塑性歪の発現を指摘した。加えて、新しい地下構造モデルを使うことで、均質構造モデルでみられたプレート境界の固着分布の不合理な特徴を解決し、十勝沖地震に先駆けて深部側から固着域が縮小していた可能性を指摘した。

さらに、高サンプリング(HR)GNSSを用いた研究にも精力的に取り組み、HR-GNSSのノイズを低減することで、スロースリップ(SSE)に伴う地表変位の検出と高い時間分解能でのすべりの時空間発展の推定に初めて成功した。北米カスケード地方の解析では、SSEの初期段階において、テクトニック微動に遅れてすべりのモーメント速度が加速することを実証した。また、HR-GNSSと地震活動の解釈から、プレート境界断層のクリープ領域が2014年イキケ地震の破壊を止め、最大余震の発生を促進したことを明らかにした。

これらの研究成果は、断層の不均質な力学特性が震源過程に与える影響を示す等、沈み込み帯における地震発生メカニズムの解明に大きく貢献するものであり、学術的意義は高い。また、こうした研究活動の多くは、海外の研究者との共同研究等を通じて進められてきており、国際的な研究の展開を推進している点も評価に値する。

以上の理由により、受賞者の優れた業績と高い研究能力を認め、その将来の活躍も期待し、日本地震学会若手学術奨励賞を授賞する。

受賞者:佐藤 大祐

授賞対象研究

震源物理および逆解析における数理的基礎研究

授賞理由

受賞者は、震源物理学の基礎を支える弾性論、摩擦論、逆解析という三つの重要分野において、卓越した数理物理的洞察と高度な数値解析能力を駆使することで、数多くの難問に対して独創的な解決策を提示し成果をあげてきた。

まず、地震波動の数値計算において中核的手法である境界積分方程式法(BIEM)に関する研究は、代表的な成果の1つである。受賞者は、当該手法の演算コストの高さという計算科学上の課題に対し、アルゴリズムを定式化し、従来要素数Nの2~3乗に比例していた計算量を、おおよそ1乗まで低減できることを実証した。この成果により、複雑な断層幾何を含む動的破壊問題へのBIEMの適用範囲を大きく広げることに成功している。また、屈曲断層の作る弾性場の数値解が解析解に収束しないとの理論的パラドクスも解決している。複雑な境界積分方程式を導出し直して収束を明快に示すことで、パラドクスの誤りを発見し、数値解の信頼性を証明した。これは、断層運動の力源とは破壊先端の滑り勾配(転位)であるという断層力学の常識を覆し、屈曲断層では滑るだけで応力が蓄積されることを表す曲率項の発見に至っている。

速度状態依存摩擦は、摩擦構成則に基づいて固着から破断までの断層運動を記述する震源物理の標準則であるが、根拠とする実験事実を十分に再現できないという課題が長年残されていた。受賞者は、摩擦の正典的挙動を整理し、これらを同時に満たすことが原理的に不可能であることを示したうえで、観察範囲内でのみ正典的挙動を再現する新たな摩擦則を提案し、この難題に解を与えた。

さらに、ベイズ推定によるデータの逆解析においては、従来広く採用されてきたMAP法が高次元モデルでは適切な結果を導かないことを理論・数値実験の両面から明らかにした。その上で、近似手法とみなされてきたABICによる推定が、むしろ実用上適切な解を導くことを示し、地震学におけるベイズ的アプローチの基盤強化に大きく寄与している。

これらの成果はいずれも、地震発生の数値シミュレーション、摩擦則の理解、ベイズ推定を用いたデータ解析といった現代の地震学において基礎と応用を橋渡しする重要なものであり、今後の地震学の発展に広く貢献することが期待される。

以上の理由により、受賞者の優れた業績と高い研究能力を認め、その将来の活躍も期待し、日本地震学会若手学術奨励賞を授賞する。

受賞者:三反畑 修

授賞対象研究

地震波・津波の波形記録解析および数値計算に基づく海域火山現象の解明

授賞理由

受賞者は、津波や地震波のデータ解析と数値計算に基づき、海底火山で発生する特異な地震・津波現象の発生機構解明、および海底火山の活動度把握に向けて研究を進め、先進的な成果を挙げてきた。

伊豆島弧の海底火山・スミスカルデラでは、約十年間隔で中規模地震が繰り返し、地震規模に比べて大きな津波を引き起こしてきたが、その発生機構については議論が続いていた。受賞者は、2015年M5.7地震の津波と地震波の波形記録を複合的に解析し、カルデラ直下のマグマの過剰圧を駆動力として、カルデラ内の環状断層が高速ですべる「トラップドア断層破壊」が起こり、海底が大きく隆起して津波が発生したというモデルを提唱した。また、本解析を通じて、火山性津波に特徴的な短波長津波に適した数値計算方法と、環状断層すべりの地震波励起特性に基づく震源構造の推定手法の開発にも成功した。

さらに、同様の現象がニュージーランドのカーティス島や小笠原島弧の北硫黄島周辺の二つの海底カルデラでも発生して津波を引き起こしたことを示し、トラップドア断層破壊を新たな火山性津波の発生機構として位置付けた。

加えて、これらの研究を拡張し、海底火山活動の現状把握にも大きく貢献した。トラップドア断層破壊の地震・津波規模と、カルデラ直下に溜まったマグマの過剰圧を関係づけ、北硫黄島近傍の海底カルデラ下に蓄積するマグマの圧力状態を初めて定量化した。さらに、高密度での津波観測から約1mmの微小振幅津波シグナルを検出する手法を考案し、見逃されていた海底火山の変動現象の解析を可能にした。

これらの研究成果は、火山性津波の発生機構に新たな視点を与えたほか、地震学のみならず海洋物理学や火山学へ大きな波及効果をもたらしている点も特徴である。海外研究者との共同研究を通した成果も多く、今後、国際的連携を通して当該研究分野を牽引する研究者としての期待も大きい。また、メディア対応も精力的に行い、防災・減災に密接に携わる地震学者としての社会貢献も特筆される。

以上の理由により、受賞者の優れた業績と高い研究能力を認め、その将来の活躍も期待し、日本地震学会若手学術奨励賞を授賞する。

ページ最上部へ