2023年度授賞論文Awards

授賞対象論文:2015年11月に沖縄トラフ北部で発生した地震(M7.1)の余震活動と背弧リフティング

著者名:柳田 浩嗣,仲谷 幸浩,八木原 寛,平野 舟一郎,小林 励司,山下 裕亮,松島 健,清水 洋,内田 和也,馬越 孝道,八木 光晴,森井 康宏,中東 和夫,篠原 雅尚
掲載誌名等:地震第2 輯(2022), 75,29−41
DOI:10.4294/zisin.2021−12

授賞理由

この論文が対象としている沖縄トラフは、日本列島において珍しい地殻伸張の場であり、背弧海盆拡大のリフティング段階にあたる。背弧海盆の初期の形成メカニズムは不明な点が多く、様々なモデルが提案されている。大陸縁辺でどのようなプロセスを経て背弧海盆が形成されるのかを知るうえで、現在リフティング段階にある沖縄トラフの地震活動を把握することは非常に重要である。しかし沖縄トラフ北部では普段の地震活動が低いうえに、陸上観測点からの距離が遠く観測点配置に偏りがあるため、地震活動の詳細な把握が困難である。それを補うためには沖縄トラフ内での地震観測が必要である。

本論文では、2015年11月に沖縄トラフ北部で発生したM7.1 の地震に対し、その余震活動を把握することを目的に約1年間にわたる臨時海底地震観測を実施した。陸上観測点のデータに本研究による海底地震計のデータを併せて用いることで、約400イベントの震源再決定を行い、110イベントの発震機構解を決定した。震源再決定の結果、余震活動が明瞭な3つの地震列を形成していることを明らかにした。このうち南北に伸びた2つの地震列は正断層型の発震機構解を示し、背弧拡大活動が現在進行中であることを裏付けている。残りの地震列は東西方向の線状配列を示し、その発震機構解は配列の方向を走向として左横ずれ断層型と解釈された。著者らは先行研究に基づいてテクトニクスを十分に考察し、沖縄トラフが伸張場であることに加えてその南北で拡大速度が異なることに注目して、これらの地震活動の特徴を説明する構造運動モデルを提示した。

本論文の注目すべき点は、臨時海底地震観測の際、沖縄トラフの特性を考慮して効果的に地震計を配置して観測を行い、詳細な地震活動データを得ることに成功したことである。その結果、陸上観測点のみではわからなかった震源の線状分布のイメージングに成功し、その力学的状態(発震機構解)まで推定することが可能になった。提示された構造運動、特に拡大軸の位置は、今後測地学や地質学と連携することで明らかにされてゆくだろう。沖縄トラフのような地域で臨時の海底地震観測を実施することは大きな労力を要する。しかしこのような地道な観測を行うことで、新たな構造運動モデルを提案し、沖縄トラフ形成メカニズムの研究を大きく進展させたことは高く評価できる。

以上の理由により、本論文を2023年度日本地震学会論文賞受賞論文とする。

授賞対象論文:Detailed S-wave velocity structure of sediment and crust off Sanriku, Japan by a new analysis method for distributed acoustic sensing data using a seafloor cable and seismic interferometry

著者名:Shun Fukushima, Masanao Shinohara, Kiwamu Nishida, Akiko Takeo, Tomoaki Yamada and Kiyoshi Yomogida
掲載誌名等:Earth, Planets and Space(2022), 74:92
DOI: 10.1186/s40623-022-061652-z

授賞理由

Distributed Acoustic Sensing(DAS、分布型音響計測)は、光ファイバーケーブルの一端からレーザーパルスを送信し、ケーブル内のごくわずかな不均質によって後方散乱された信号を利用することにより、ケーブルに沿った方向の軸歪を計測する技術である。長さ100㎞程度にわたって数m間隔の高い空間分解能で歪を計測でき、既設の情報通信用のケーブルも活用できるため、DASは地震学の分野でも近年普及が進んでいる。

本論文では、三陸沖の海底に敷設されている長さ 120㎞の光ファイバーケーブルを用いて取得されたDASの連続データに地震波干渉法を適用し、海底下の深さ10㎞程度までの精緻なS波速度構造を推定した。まず地震波干渉法解析では、相互相関関数を計算する際にf-kフィルタを構築してDAS特有のノイズを除去したことにより、S/N比が格段に向上した。これにより、13時間程度の連続データからでも、0.1-0.5Hzの範囲の複数の周波数帯域で計算した相互相関関数にはレイリー波(ショルテ波)と考えられる分散性波動が確認された。次に、計算された相互相関関数と理論波形とのフィッティングによりレイリー波の位相速度を計測し、これを利用して深さ10㎞程度までのS波速度構造を推定した。その結果、大きく4層に分かれる構造が推定された。既往の人工地震探査によるP波速度構造の結果も利用して、最浅部の第1層とその下の第2層は新第三紀の堆積層、さらにその下の第3層は白亜紀の堆積層、最下層の第4層は地殻最上部と解釈した。第3層の堆積層と第4層の地殻との境界の深さは、1.8kmから6.8kmと水平方向に大きく変化し、測線中央で最も深くなることが明らかになった。既往研究では海底下の堆積層までの構造しかわかっていなかったが、本研究により堆積層から地殻上部にいたる深さまでの構造推定が可能となった。また、本研究によりS波速度構造の推定が可能になったため、P波速度とS波速度との比(Vp/Vs比)が分かり、物性等に関する議論が行えるようになった意義も大きい。本論文は、海底のDASデータに対して地震波干渉法解析を行った最初期のもののひとつであり、DASデータを用いた地震波干渉法解析の今後の発展の基礎となる論文である。

以上の理由から、本論文を2023年度日本地震学会論文賞受賞論文とする。

授賞対象論文:A review on slow earthquakes in the Japan Trench

著者名:Tomoaki Nishikawa, Satoshi Ide and Takuya Nishimura
掲載誌名等:Progress in Earth and Planetary Science(2023), 10:1
DOI:10.1186/s40645-022-00528-w

受賞理由

本論文は、日本海溝沿いのスロー地震活動に関するレビューである。著者らは、350編を超える引用文献を基に、日本海溝沿いのスロー地震に関する観測、実験、シミュレーション研究と、その歴史をまとめ上げた。また、日本海溝沿いのスロー地震(テクトニック微動、超低周波地震(VLFEs)、スロースリップイベント(SSE)等)と、スロー地震に関連する地震現象(小繰り返し地震、群発地震、プレート境界大地震の前震等)の膨大な観測結果を総合し、日本海溝沿いの統合的なスロー地震分布図を作成した。その結果、スロー地震の空間分布は、過去のプレート境界巨大地震の滑り分布と相補的であり、スロー地震発生域が巨大地震の破壊停止プロセスに関与することが強く示唆された。

本論文は過去の文献のレビューにとどまらない。著者らは、日本海溝海底地震津波観測網のデータを新たに解析し、自らの先行研究によるテクトニック微動とSSEカタログの期間を延長し、これらの時空間的な分布の特徴をより明確化したほか、他地域とは異なる日本海溝沿いの微動の特徴として、2021年7-8月の日本海溝南部における、短期SSE、微動バースト、プレート境界群発地震の同時発生現象を報告した。さらに、スロー地震分布と地殻構造に関する先行研究を網羅的に比較し、日本海溝の北部?中部で、スロー地震の震央分布とプレート境界面の地震波反射強度との関係を新たに見出した。テクトニック微動およびVLFEsは反射強度が強い地域に、小繰り返し地震は反射強度が弱い地域に分布し、プレート境界滑り挙動とプレート境界に存在する水の分布の関係を示すものと解釈した。さらに、温度圧力条件、脱水プロセス等のスロー地震発生環境に関する議論にも踏み込んだ。

本論文は、今後の日本海溝沈み込み帯におけるスロー地震研究に対して、強固な知識的基盤と新たな観測事実を提供するものであり、その地震学的重要性は極めて高い。さらに、本論文は、初学者に向けたスロー地震全般に関するレビューも行なっており、当該研究分野の新規参入と活性化にも貢献している。また、本論文が指摘するスロー地震と巨大地震破壊停止プロセスの関係性は、地震発生物理の今後の重要な研究テーマとなると期待される。

以上の理由から、本論文を2023年度地震学会論文賞受賞論文とする。

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